2011-05-23
格差生みだす様々な要因 vol.5
2010年7月に国内で発表した『アフリカ遺児教育支援・あしなが100年構想』を今後どのように具体的に展開していくべきか―。
あしなが育英会・第三次アフリカ調査団が、3月7日~14日、ウガンダ共和国を訪問。玉井会長を総団長に、全国の大学奨学生のリーダーら合計37人が参加した。
調査団はレインボーハウスのあるワキソ県ナンサナ町に滞在、あしなが寺子屋生徒の自宅にホームステイした。それ以外に、あしなが寺子屋生徒以外のエイズ遺児の家庭訪問や、つどいを実施しエイズ遺児らとの交流を深めた。
「1日1ドルの生活」を実際に体験し、アフリカの貧困解消に何が必要なのかを考察するという目標のため、団員はホームステイに体当たりで臨んだ。
私は「ウガンダ人は母国のことをどう思っているのか」というテーマをたてて調査に臨みました。
私がまず感じたのは、ウガンダの人たちは本当に明るくて元気で、国内全体が自由で楽しい雰囲気につつまれていたことです。これは私が想像していた貧困国のイメージとは随分と異なるものでした。寺子屋の子どもたちに「ウガンダは楽しい?」とたずねると、うれしそうに「イエス!」と答えてくれました。
また、ウガンダの人たちとコミュニケーションをとっていく中で、皆母国に対する強い誇りを持っていることに気付きました。ウガンダには政治的権力は持たないが国の象徴である国王のカバカがいて、国民はカバカのことが大好きです。これは天皇を国の象徴としている日本とよく似ていると思いました。
私は小学校2年生のプロッシーという女の子の家にホームステイをしました。家にはお母さんとふたりの赤ちゃん、そして唯一の稼ぎ手であるお兄さんの、5人家族でした。ウガンダ人は近所同士が家族ぐるみの付き合いをし、助け合って生活していることに気付き、先進国である日本が忘れかけているものがそこにはありました。
ホームステイ以外にも家庭訪問などを通し、同じエイズ遺児の家庭でも、生活状況を左右する要因によって格差があることを知りました。この貴重な経験を今後も私のこれからの生活にしっかりと生かしていきたいと思います。
(片山直人・常葉学園大学3年)
2011-05-23
ゴミ箱が教えてくれたこと vol.4
2010年7月に国内で発表した『アフリカ遺児教育支援・あしなが100年構想』を今後どのように具体的に展開していくべきか―。
あしなが育英会・第三次アフリカ調査団が、3月7日~14日、ウガンダ共和国を訪問。玉井会長を総団長に、全国の大学奨学生のリーダーら合計37人が参加した。
調査団はレインボーハウスのあるワキソ県ナンサナ町に滞在、あしなが寺子屋生徒の自宅にホームステイした。それ以外に、あしなが寺子屋生徒以外のエイズ遺児の家庭訪問や、つどいを実施しエイズ遺児らとの交流を深めた。
「1日1ドルの生活」を実際に体験し、アフリカの貧困解消に何が必要なのかを考察するという目標のため、団員はホームステイに体当たりで臨んだ。
私はハジャラという12歳の女の子の家にホームステイさせてもらった。家は日本にある私の部屋より狭いスペースで、聞かずとも彼女の家庭の経済状況がわかる気がした。
彼女たちの生活で驚いたことは、家にゴミ箱という物が存在しなかったことだ。私が日本から持って行ったお菓子をみんなで食べた後、その箱は家の外へと投げられた。私は持っていたスーパーの袋を広げ、「ゴミ箱」を作った。そして、ゴミを外に捨てるのではなく、このゴミ箱に入れるというルールを作った。
初めは家族全員戸惑っていたものの、私が何度かお手本を見せると子どもたちも理解して進んでゴミ箱に入れてくれるようになった。
「親の背中を見て子は育つ」。これは日本もウガンダも同じことではないだろうか。私はエイズ遺児家庭が自立するためには教育が必要不可欠だが、秩序だった生活も必要ではないかと考えた。そのためには母親や保護者の教養が必要となる。そうした人を対象とした教室などを開き、エイズ遺児だけでなく、エイズ遺児家庭全体を支援していくことが「負の連鎖」といわれるものを打破する方法ではないだろうか。
「今度の地震で日本の家族は大丈夫か?」と声をかけてくれるウガンダ人がたくさんいた。彼らの心遣いに感動した。
「いつか日本に行くから!」。つたない英語で話してくれたハジャラを含む子どもたちに、私は一体何ができるのか。それは彼女の言葉を信じ続け、ウガンダで目にしたもの、肌で感じたことを発信し、ウガンダについて考え続けることだと思う。
(小田明日香・聖カタリナ大3年)
