あしなが育英会 アフリカ遺児・教育支援「1日1ドルの世界」

2012-10-24

アフリカの遺児を教育 100年構想-ついに始動

アフリカ遺児教育支援100年構想を始動!

 8月26日〜9月16日まで、玉井義臣会長らは、ニューヨーク、ロンドン、パリと欧米3都市を訪れ、アフリカ・サブサハラ49か国遺児の世界の大学入学に向けた、構想の理念、哲学を各国の大学学長や大使、有識者らに説いて回った。



 米国ヴァッサー大学では、本会海外留学生第一号のリタさんが1年間研究員として入学したことを踏まえ、キャサリン・ボンド・ヒル学長らと100年構想やヴァッサー大生のウガンダでのインターンシップ制度化、そしてヴァッサー大学合唱団とウガンダ寺子屋遺児らが世界を回り、アフリカの貧困とアフリカ遺児の教育の必要性を、公演を通して伝えていくことなども話し合った。ロンドンでは、オックスフォード大学で、日本政治学教授やアフリカ研究学部長らと本会との第一回目の会談が持たれた。
 アフリカの遺児学生受け入れに向け、今後はオックスフォード大学長らも交え、引き続き協議していくことになった。世界で最も有名な教科書会社ピアソン(ロングマン)本社の社会貢献担当部長にも会い、「教育」を通じてのアフリカ遺児支援をどうすすめていくかの意見交換をした。



 パリでは、駐仏日本大使をはじめ、昨年12月に津波遺児支援募金キャンペーンでお手伝いいただいた個人、企業、団体、学校などを通じて様々な方と会うことができた。アフリカとも非常に結びつきの深いフランス(パリ)は、今後の欧州内での本会の重要な拠点になりそうである。



 今後とも欧米を中心に大学探しと支援呼びかけを精力的に行っていくと同時に、アフリカ諸国から貧しくとも志高い遺児学生をいかに募っていくかが、「100年構想」実現のカギになるであろう。
   (岡崎祐吉・国際課長/国際・教育担当理事)


2012-10-08

リタさんヴァッサー大に

 8月28日、ニューヨーク郊外にある全米〝セブンシスターズ〟のトップとして名高いヴァッサー大学に1年間、研究員として、ナブケニャ・リタさん(現在、早稲田大学大学院生、外国人日本留学生第一号)が日本からの米国留学第一号として、入学を果たした。


 同日、ヒル学長は、キャンパス内チャペルで新入学生約600人の保護者を集め、お祝いの言葉を述べた。そして、これからの学業への諸注意を厳しさの中にも慈愛に満ちた眼差しで話してくださった。
 主要学部の学部長らからもユーモアたっぷりのお祝いと保護者への激励が述べられた。リタさんも背筋を伸ばし、緊張した面持ちで聞き入っていた。リタさんは将来もアフリカ発展のために大活躍する、ウガンダ出身第一号となるだろう。日本からの出席者は玉井義臣会長、金木正夫会長特別補佐、岡崎祐吉国際・教育担当理事、沼志帆子あしながウガンダ現地代表など。


2012-09-27

秋篠宮殿下、紀子妃殿下 ウガンダ虹の家ご訪問(理事・スタッフの声)

エイズ遺児と心の交流

 2012年6月、秋篠宮殿下と紀子妃殿下がウガンダ共和国を公式訪問され、13日、「ウガンダレインボーハウス」にもお立ち寄りくださった。両殿下のご訪問は、あしなが育英会のアフリカにおける10年間の活動が国内外で認められた日でもあった。
 「あしながウガンダ」をウガンダ政府に登録してちょうど10年になる今年は、玉井会長のマケレレ大学講演や秋篠宮両殿下のご訪問、そして秋にはエイズ遺児ナブケニャ・リタさんが米国バッサー大学へ研究員として留学するのに続いて、「あしながウガンダ心塾」の建設も始まる予定。
 「ウガンダレインボーハウス」を03年12月に建設した当初のプログラムは「心のケア」だけだった。その後、寺子屋教室がスタート、日本へ留学生を毎年送れるまでにエイズ遺児たちも育ってきた。エイズ遺児の登録者数も800を超え、寺子屋では50人以上の生徒が明日の留学を夢見て勉学に励む。06年のリタさんの留学からすでに15人がウガンダレインボーハウスから日本の難関大学に合格し、東西心塾で新リーダーを目指してさらに勉強を続けている。
 あしなが運動40年の歴史上に、今後も国内遺児の教育支援はもちろんのこと、世界、特にアフリカ遺児の教育支援に世界中から「新あしながさん」を募りながらすすめていきたい。なお、両殿下のあしながウガンダご訪問の際に公式通訳を務めたのは、元あしなが育英会副会長・故西本征央さん(慶応大医学部教授)の長女、西本光里・外務省在エチオピア日本国大使館書記官である。(岡崎祐吉・国際課長/国際担当理事)



大役を務めたサラさん

 「妃殿下はとてもやさしくて、絵本を一緒に見ていたとき、まるで家族といるかのように心地よかった」。秋篠宮両殿下にお贈りした手作りの絵本の主人公になったサラ・ナマクラさん(10)。少々恥ずかしそうにしながらも満面の笑顔で、紀子妃殿下に絵本をお贈りした際のことを話してくれた。
 サラさんは幼い頃に両親をエイズで亡くした。祖母に引き取られたが、祖母は生活費を稼ぐのに忙しく、寂しい思いをしながら育った。毎日、寺子屋に通うことを楽しみにしている。
 現在、サラさんは寺子屋の3年生。1年生の入学当初、彼女は鉛筆の持ち方さえ知らず、病気がちだった。寺子屋教師のテディ・ナンスブガ先生は彼女のことを非常に心配したが、学力的にも向上し、身体も丈夫になった。「サラは勉強に熱心で、心やさしい子」と、テディ先生は話す。
 サラさんは家でもよく働く。寺子屋から帰宅するやいなや、まず水汲みに行き、次に薪を拾いに行く。小さな身体で、重たい薪の束を頭の上に乗せて家まで持って帰る。その後、一緒に住んでいる双子たちを水浴びさせる。そんな働き者のサラさんの将来の夢は、学校の先生になることだ。現在、寺子屋ではサラさんのような生徒55人が勉強している。
 サラさんは、秋篠宮殿下も紀子妃殿下もお若くて驚いたようだ。サラさんをはじめ、寺子屋生徒にとって、両殿下にお会いできたことは一生の思い出となった。
とてもシャイなサラさんだったが、今回、大役を務め、少し自信がついたようだ。以前と比べて、積極的になった。「いつの日か、妃殿下に会いに日本に行きたい」と話すサラさんの笑顔が、まぶしいほどに輝いていた。(沼志帆子・あしながウガンダ現地代表)

遺児たちの人生に喜び

 今年はウガンダが独立してちょうど50年が経つので、我が国にとっての「50周年記念祭」の年に日本の皇族方がウガンダを御訪問してくださったことは大変光栄であった。この50年間、両国は友好関係を築き上げてきたが、今回の両殿下の御訪問で、私たちの関係は更に深まったはずだ。
 ウガンダにはそれぞれの地域に王国があり、王族方には尊敬の念を持っている。それだけに、ASHINAGAウガンダが秋篠宮両殿下の御訪問先として選ばれたことは、非常に名誉あることだった。訪問当日は、現地のテレビや新聞にも大きく取り上げられた。
 秋篠宮両殿下はとても心やさしく、一人ひとりの寺子屋生徒に声を掛けてくださった。ウガンダでは、皇族方の御訪問は恩恵と信じられているので、子どもたちの人生に大きな喜びをもたらした。
 昨年3月、日本が地震、及び、津波の被害に遭ったにもかかわらず、ウガンダへの支援は減ることはなかった。日本のみなさんの「愛」に、ウガンダ人を代表して、心より感謝いたします。(サミュエル カルハンガ・あしながウガンダ理事)

笑顔でダンス披露

 TERAKOYAの子どもたちは元々、通学する近所の子を横目に、一日中家で過ごしていた子どもたち。
 その子どもたちが、両殿下の前で伝統ダンスを披露できる。練習は決して楽ではなかった。全員が一からのスタートだ。何人も泣きべそをかきながら、必死にステップを覚えていた。初めて衣装をまとった日。初めてドラムに合わせて踊った日。その度に、あふれんばかりの笑顔がこぼれた。当日、大人すら緊張する両殿下の御前、子どもたちは、笑顔を振りまきながら踊っていた。演技が終わっても、子どもたちはずっと笑っていた。汗を流し、目に涙を浮かべ、ずっと満足そうに笑顔を浮かべていた。        (松井佳記者)

想像と個性の集大成

 〝イメージを絵に描く〟ことは、日本では当たり前のこと。実はウガンダの小学生には非常に難しく、小学校で美術を教えている学校自体が珍しいのだ。  TERAKOYAでは日本人・ドイツ人ボランティアの協力の下、毎日芸術の時間を設けている。  今回の秋篠宮両殿下のご訪問にあたりプレゼントした絵本は、そんな生徒たち全員が両殿下を想って描いた集大成だ。出来上がった絵はみな個性にあふれ、目を見張る作品ばかりだった。処方箋のない貧困に直面する生徒たちだからこそイマジンする力が必要だ。想いと生徒たちのエネルギーが詰まったプレゼントとなった。  (山田優花記者)


2012-09-20

秋篠宮殿下、紀子妃殿下 ウガンダ虹の家ご訪問

 日本とウガンダ共和国の国交樹立50周年記念の一環として、秋篠宮殿下と紀子妃殿下が同国をご訪問。その旅程の中で、6月13日、「ウガンダレインボーハウス」にお立ち寄りくださり、約1時間、レインボーハウスや寺子屋教室などを見学されました。



エイズ遺児の歓喜満面の笑みと拍手

 朝から快晴の天候に恵まれたその日、現地時間正午に秋篠宮ご夫妻を乗せた車がレインボーハウスに到着すると、あしながウガンダのスタッフ5人、現地の日本人研修生6人、ウガンダ人留学候補生4人を含む総勢約20人が日の丸の手旗を振って歓迎しました。
 車から降りられたご夫妻は、出迎えた玉井義臣あしなが育英会会長、ジェームス・ババ内務大臣(元ウガンダ駐日大使)、吉田和彦事務局長、岡崎祐吉あしながウガンダ代表、沼志帆子現地代表他、現地の市長、県知事ら一人一人と挨拶の言葉を交わされた後、沼現地代表の案内でまず、レインボールームで小学1・2年生の授業を視察されました。
 続いて、レインボーハウス内の火山の部屋、遊びの部屋を見学され、その後小学3・4年生の授業が行われているTERAKOYAホールに移動されました。

子どもたちと交流

 最初、教室の後ろで静かに授業の様子を見学された秋篠宮ご夫妻は、しばらくすると子どもたちとの交流の時間に参加されました。
 「好きなくだものは何ですか」という紀子妃殿下の質問に、子どもたちが元気に、「パイナップル」「ジャックフルーツ」「アップル」などと答えると、今度は別の子どもが両殿下に「おとしはおいくつですか」と質問しました。
 「いくつにみえますか」と紀子妃殿下が逆に質問されると、子どもたちが、「殿下は30歳、妃殿下は27歳」と答えると、お二人はにこやかに笑っておられました。
 ほかにも「お子様は何人ですか」と尋ねるなど、両殿下の訪問を心待ちにしていた子どもたちは、無邪気な質問を投げかけていました。

世界で一冊だけの絵本

担当の子どもによって授業終了のハンド・ベルが鳴らされると、両殿下は子どもと共に中庭に移動され、整列した子どもやあしながウガンダのスタッフと向き合って用意されたイスに着席されました。
 子どもを代表してマトヴくん(12)と、サラさん(10)が両殿下の前に歩み出て、まずマトヴくんが英語で挨拶した後、二人で花束と絵本を贈りました。
 沼現地代表が両殿下に、「この絵本は子どもたち全員が、サラさんの生い立ちを絵と文章にして手作りした、この世に1冊しかない本です」と説明すると、紀子妃殿下はサラさんを自分の隣に引き寄せ、一緒に絵本をゆっくりと1ページずつめくりながら読み入っていらっしゃいました。
 サラさんは、幼い時にエイズで両親を亡くしました。祖母に引き取られたが、採石場で働く祖母の収入はごくわずかで、時には紅茶一杯で一日を過ごすという極貧生活を送っていました。小学校にも通えずにいましたが、一昨年からTERAKOYAに通い始め、今では英語も話せるようになりました。将来は先生になることが彼女の夢です。
 次に子どもたちが、スタッフや日本人留学生と共に、踊りを交えて「ドラえもんの歌」を合唱しました。

伝統舞踊を披露

 歌の後には、カラフルな衣装に身を包んで別の教室に待機していた13人の子どもが中庭に登場し、この日のために一生懸命練習したというウガンダの伝統的な踊りを披露しました。
 時折雄叫びをあげる“エンゴマ”と呼ばれるウガンダの太鼓の速いリズムに合わせて一心不乱に踊る子どもたちに見入っていたご夫妻は、約5分の踊りが終わると満面の笑みと拍手を送られました。 
 両殿下は整列した子どもたち、日本人留学生、ウガンダ人日本留学候補生、スタッフに歩み寄り、言葉を交わされた後、車が待機する正門近くへ移動されました。
 お見送りのために再整列した子どもやあしながウガンダのスタッフたちと、もう一度言葉を交わされ、最後に玉井会長、ババ・ウガンダ内務大臣と別れの挨拶をすませると、秋篠宮殿下と紀子妃殿下は、約1時間の訪問を終え、あしながウガンダレインボーハウスを後にされました。
 子どもを代表し両殿下に挨拶するという大役を務めたマトヴくんは、「少し緊張したけど両殿下に会えてとてもうれしかった。挨拶の言葉は毎日、一生懸命練習しました。またお会いしたいです」と話しました。


2012-09-03

玉井会長マケレレ大で講演

 「志高く、真のアフリカンリーダーを目指せ!」
 5月4日、アフリカでもっとも有名な大学のひとつであるウガンダ共和国・マケレレ大学で、玉井義臣会長=左画像=が基調講演を行いました(「志」高く、WORK HARDせよ! あしながアフリカ遺児教育支援百年構想)。
 聴講者は立ち見を含めて、学生・教授ら学内外から600人。大学主催の「マケレレ・アフリカ・レクチャーシリーズ」の講師は玉井会長で5人目になります。初めてアフリカ以外の地域から招待されました。



〈聴講者感想〉
 あしなが育英会設立にあたり玉井会長の強い志を聞き、ヒーローだと思いました。会長と出会えた子どもたちは幸せ。(18歳・女性)
 人のために活動することに早いも遅いもないことを学びました。私たちは玉井会長がいる世界に生まれて幸せです。(22歳・男性)
 今日の話に感動して、私も頑張ろうと思いました。世界は玉井会長のような人が必要です。(23歳・男性)

〈マケレレ・アフリカ・レクチャーシリーズとは〉1970年にスタートしましたが、71年のアミン大統領時代に休止し、昨年から再スタート。過去、ケニアの大臣やウガンダ銀行総裁、南アフリカ大統領などが講演しています。