玉井義臣 教育こそ百年の計 遺児と共に43年

2013-12-05

アマゾンの豪傑 一時帰国

定森徹さん


 定森徹さん((社)日本ブラジル交流協会12期生)がブラジルから打合せ等のために一時帰国した。あしなが育英会の事務所に顔を出したので、玉井ならびに藤村副会長と語り合い、友人の岡田麻衣、藤井雅規、渋谷敦志が加わった。

 定森さんは、現在、国際的な保健医療協力で人類に貢献する「特定非営利活動法人HANDS」(代表:中村安秀 大阪大学大学院教授)のブラジルプロジェクトマネージャーをしている。現地アマゾン川上流にあるマニコレ市(九州とほぼ同じ面積に約5万人が住む)を拠点に、日夜、現地スタッフを含め住民の保健衛生改善指導やアマゾンでの持続可能な農業の実現に尽力している。


 また近年、アフリカ南西部に位置するアンゴラ共和国では日本とブラジル三か国での保健状況改善プロジェクトが進められている。定森さんは、国際協力機構(JICA)の専門家としてこのプロジェクトに参加し、現地での保健医療の人材育成やシステム強化に取り組んでいる。アンゴラはブラジル同様ポルトガル語を公用語とし、国土は日本の約3.3倍。定森さんはブラジルの経験を活かし、アフリカでも広まりつつある「母子手帳」作成に着手。“アンゴラに適した”母子手帳にするため、日々奔走している。

 1989年、定森さんはバックパッカーとしてブラジルを初めて訪れた。92年に山梨大学を卒業すると、日本ブラジル交流協会の「ブラジル研修留学生」としてブラジルに渡り、1年間、ファベーラ(スラム街)の子どもたちに識字や職業教育をボランティアで行なった。その後、帰国するが、再び現地に戻りNGOを立ち上げ、診療所増設やエイズ予防啓発活動に携わり、エイズ孤児ケアホーム開設後はそこに住み込みで働いた。97年から出産方法指導など母子保健のプロジェクトに従事している。誠心誠意、20年以上もブラジルに貢献しており、今はブラジル女性と結婚して1男を育てており、大声で笑う日本人離れしたところもあるが、帰国すると必ず玉井、藤村を訪ねてくれるところは昔の日本人のように律儀である。45歳、アマゾンで人生の半分を送る豪傑である。

(2013.12.4 記)