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阪神大震災23年 追悼と交流のつどいを開催

2018年01月22日 [ニュース/コラム]

阪神大震災から23回目の1月17日を前に、阪神大震災遺児家庭と東日本大震災遺児家庭の「追悼と交流のつどい」を、1月13日に神戸レインボーハウスにて開催しました。阪神大震災遺児家庭17世帯30人、東日本大震災遺児家庭7世帯10人、来賓やスタッフを含めると計80名が参加し、マスコミも10社(NHK、サンテレビジョン、関西テレビ放送、朝日放送、共同通信、朝日新聞、読売新聞、産経新聞、毎日新聞、スポーツニッポン)が取材に駆けつけてくださり、各社のニュースや紙面にて広く報道されました。


このつどいは、阪神大震災で亡くなられた方々を偲ぶとともに、阪神大震災と東日本大震災という2つの震災で、愛する人を亡くした遺児家庭同士が、互いに歩んできた経験と意味を分かち合うというものです。
阪神大震災の翌年から20年間開催した「今は亡き愛する人を偲び話しあう会」は遺児が全員成人式を迎えた2015年1月で終了し、2016年より現在の形になりました。


まず出席者全員で、今は亡き愛する人々の御霊への黙とうを捧げました。黙とうの後は阪神大震災遺児代表として福井友利さん=27歳・社会人・三田市在住=がスピーチ。
「亡きお母さんに会いたいという寂しさを紛らわしてくれたのが、レインボーハウスでした。東日本大震災でもたくさんの子どもたちが大切な家族を失い、今度は自分ができることをしたいと思い、東北の子どもたちと一緒に時間を過ごしてきました。2つの震災が起こらなかったら生まれなかった出会い。この出会いはお母さんからの最後の贈り物だと思っています。」と述べました。


同じく阪神大震災遺児の林田美由紀さん=37歳・社会人・加古川市在住=は、「天国にいるお母さん、私も男の子2人のお母さんになりました。子育ての悩みはたえないね。聞いてもらえるはずのお母さんは、もうここにはいません。でも夫や妹、お父さんに聞いてもらいながら、前を向いて頑張っていきます。」とスピーチしました。


東日本大震災で妻の貴子さんを亡くした高橋一成さん=50歳・岩手県陸前高田市在住=は「私たちが経験したような自然災害は、いつどこでまた起きるかわかりません。また世界に目を向ければ、未だに紛争や災害によって家や家族を奪われている人々もいます。そんな多くの人々、今度は自分がチカラになって支えていきたいと思います。」と力強く話してくれました。


その後、阪神・東北の遺児同士、父親同士、母親同士などのグループに分かれて、亡き人への思いなどを話し合い、心を分かち合い、交流を深めました。

東北でも同様の行事を、3月に予定しています。


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