阪神淡路大震災から17年「今は亡き愛する人を偲び話しあう会」開催
あしなが育英会は、阪神淡路大震災から17年目を迎える震災遺児家庭の追悼式「第17回今は亡き愛する人を偲び話しあう会」を、1月14日、神戸レインボーハウスで開催。震災遺児家庭18世帯27人の方々をはじめ、学生ボランティアなどスタッフを合わせて約90人が参加しました。
「追悼式」で亡くなられた方々に黙祷を捧げた後、「亡き愛する人への言葉」を震災遺児の中埜翔太さん(大学2年)と福井友利さん(大学3年)らが遺影に向かって読みあげました。また追悼式に続き、「東日本大震災」で亡くなられた方々にも黙祷を捧げ、本会や神戸レインボーハウスのメンバーらは津波遺児家庭訪問など「現地活動報告」も行いました。メンバーの一人で、阪神大震災遺児の父・大鳥居慎司さんは「神戸の震災遺児家庭として共に愛する人を亡くした者として、何かお役にたちたいと思い現地へ行きました。父子家庭を主としてお話しを伺うことができ、(自分が体験した被災直後の)つらい気持ちを共有できました。子どものために生きる使命感と責任感が、逆に折れそうな自分を支えました。今後も遺児家庭同士のつながりが大切です」と感想を述べました。午後には、3グループに分かれて、それぞれの近況を報告しあいました。
「終わりのことば」で、玉井義臣あしなが育英会会長は、「久しぶりに皆様にお会いできて嬉しい。17年間の月日は経ったが、震災遺児・遺族の皆さんのそれぞれの悩みや苦しみは決して忘れられるものではありません。また、立派に成長し結婚した人もいます。ここまで育ててくれた親御さんたちへの感謝はいうまでもありませんが、3.11で親を亡くされた津波遺児のために力になれることを忘れないで何か行動してください」と励ましました。
「亡き愛する人への言葉」で中埜さんは、「神戸地震のあった3歳時にあしながの人たちと出会いました。レインボーハウスが完成してからは、毎日のように通って、学校も楽しかったけれど、ハウスでみんなと遊ぶことのほうが楽しかった。大学に入ってからあしながの活動にも参加し、とても充実しています。あしながの活動で、高校2年時に四川大地震、大学1年時にはハイチ大地震の被災地に行きました。また、昨年東日本大震災が起きた1か月後に被災地、宮城県の石巻市に行きました。東北の“つどい”にも参加し、津波遺児たちと交流しました。僕がレインボーハウスやつどいでいつも遊んでもらって、悲しいこと、さみしいこともなかったように東北の子どもたちにもそんなふうになってほしい」と述べました。
同様の「言葉」で福井さんは、「震災の時、4歳だった私はお母さんが自分のそばからいなくなってしまったこと、人の死ということを理解することはできませんでした。でも、大きくなるにつれて自分にはお母さんがいない、友だちとは違うと思うようになり、寂しさを感じるようになりました。そんな時、私を支えてくれたのがこのあしなが育英会の神戸レインボーハウスで出会った人たちでした。この出会いは、お母さんが私にくれた最後の贈り物だと思うのでずっと大切にしていきます。昨年、東日本大震災が起き、『今度は自分が何かできることをしたい』と思い、5月から被災地で子どもたちと交流を続けています。逆に私が子どもたちの笑顔に元気をもらうこともあります。子どもたちが笑顔でいられるように、これからも子どもたちとの交流を大切にし続けていきたいと思います」と誓いました。






