| 1961年: |
岡嶋信治の実姉が酔っぱらいトラックにひき逃げされ死亡。朝日新聞「声」欄にその怒りを投書。その投書に131通の激励の手紙。文通続く |
| 1963年: |
玉井義臣(現本会会長)の母が交通事故に遭い、翌年、亡くなる |
| 1963年: |
玉井、朝日ジャーナルに「交通犠牲者は救われていない」を発表。「救急医療」(7月)「被害補償」(9月) |
| 1966年: |
玉井、「桂小金治のアフタヌーンショー」に交通評論家としてレギュラー出演 |
| 1967年: |
岡嶋は交通事故遺児を励ます会結成。岡嶋は玉井の番組に出演後、二人三脚で第1回街頭募金実施(東京数寄屋橋)し、30万円集める。育英会設立資金の種銭になる |
| 1968年: |
アフタヌーンショーで交通遺児の小4の中島穣さんが作文「天国にいるおとうさま」を読み、スタジオ、お茶の間が涙であふれる。田中総務長官、遺児の全国調査を確約。励ます会が遺児作文集「天国にいるおとうさま」を出版。大反響。国会で「遺児育成財団つくれ」と決議 |
| 1969年: |
財団法人交通遺児育英会(永野会長、玉井専務、岡嶋理事)設立 |