玉井義臣 教育こそ百年の計 遺児と共に43年

2013-12-14

パリの佳き友、フランス政府から叙勲さる

筆者と小松一郎 内閣法制局長官


 昨日、12月13日午後7時から、駐日フランス大使公邸で、前駐フランス日本国大使の小松一郎氏(現内閣法制局長官)に、フランス政府からレジオン・ドヌール勲章コマンドゥールが授与された。クリスチャン・マセ駐日大使は小松氏の業績を紹介した後、勲章を氏の首にかけた。
小松氏はすぐそのあと流暢なフランス語で次のようにお礼のあいさつをした。
「フランス政府から名誉ある勲章をいただくことになったことは、誠に身に余る光栄であり、感激に堪えません。今回の叙勲は仏政府の格別のご配慮の賜物であり。親愛なるクリスチャン(・マセ駐日大使)やルイ・シュバイツァー外務大臣特別代表を始めとする方々の特別のお口添えがあってこそ実現した叙勲と確信します。御礼の言葉もありません。」
とまずお礼を述べた。

 「私は、1972年に外務省に入省後、本人の希望どおりフランス語研修を命じられ、札幌冬季オリンピックの翌年の73年から2年間、フランス語を実地で学ぶ幸運に恵まれました。1年目はグルノーブルでした。この地でスキーを学び、以来スキーは私の最も愛好するスポーツです。2年目は南仏のエクサン・プロヴァンスでスキー以外の多くのことを学びました。20代前半の多感な時期をフランスの地方で暮らし、多様性に富むフランスの自然、文化、人情にふれたのは得がたい体験でした。以来、世界の様々な国で勤務しましたが、フランスはいつも私の「第二の故郷」であり続けました。」と若き日のフランスとの濃密な体験を述べました。
 「その後、本省勤務、在外勤務を繰り返し、アジア、北米、欧州の計5回在外公館で勤務しましたが、パリとは縁がなく、最初のパリ勤務を終えてから37年間を経て駐フランス大使に任命された時には、長い旅の末に故郷に帰ってきたような言いようのないなつかしさを覚えたものです。大使赴任直後にオランド大統領の日本重視政策の下で、ルイ・シュバイツァー特別代表や仏側関係者の絶大なご協力を得て、実に17年ぶりのフランス大統領の国賓訪日を早期にかつ成功裏に実現できたことは、私にとって誠に幸運なことでした。真に「大使冥利につきる思いです。すべての関係者の方々に心から感謝申し上げます。
 『自由』、『民主主義』、『市場経済』、『基本的人権の尊重』、『法の支配』といった、その多くがフランス革命に淵源を有する基本的価値が、いまや国際社会の普遍的な価値に昇華されています。日本は、歴史を通じてフランスから多くのことを学び、フランスとこれらの基本的価値を共有するパートナーであることを心から誇りに思っています。」と述べた。
(中略)


小松長官夫人 まりさん

 「最後に、これまで30余年私の活動を支えてくれた家内に心から感謝の念を捧げたい。本日頂いた勲章も半分は家内が頂戴したものだと思います。」とかたわらに立っている、まり夫人への愛情のこもった労いの言葉でスピーチを締められた。
 30余年の外交官人生を二人三脚で歩んできた日々を祝福するように、小松氏の首にかかった勲章の宝石の輝き、まり夫人の素敵な和服姿へ参会者からは暖かい拍手が鳴り止まなかった。

 筆者(玉井義臣)は本会の「アフリカ遺児教育支援百年構想」への欧州支援拡大のために訪れたパリで、ちょうど赴任直後だった小松氏と知り合った。氏には何度となく大使館や公邸で親身に相談に乗っていただいた。パリで語り合った時を思い出しながら、感謝の想いでいっぱいの祝意をご夫妻に述べた。