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林田吉司・神戸レインボーハウス初代館長の遺族へ
天皇・皇后両陛下が弔意

2018年02月02日 [ニュース/コラム]
天皇、皇后両陛下をお出迎えする林田吉司館長(左から2人目)、玉井義臣あしなが育英会会長(左端) 2001年4月24日、あしなが育英会神戸レインボーハウス(神戸市東灘区)

天皇・皇后両陛下をお出迎えする林田吉司館長(当時、左から2人目)、会長 玉井義臣(左端)
2001年4月24日、あしなが育英会神戸レインボーハウス(神戸市東灘区)


 昨年11月22日、肺がんのため65歳で亡くなった林田吉司・神戸レインボーハウス初代館長の遺族へ、1月30日、天皇・皇后両陛下の弔意が伝えられた。
 両陛下は2001年4月24日、阪神大震災の復興状況をご視察のため兵庫県をご訪問された際、本会の震災遺児ケア施設「神戸レインボーハウス」(神戸市東灘区)にお立ち寄りくださった。このとき、両陛下をお出迎えし、ご案内したのが当時の林田館長だった。あれから17年。林田初代館長を取り上げた読売新聞一面コラム「編集手帳」(1月16日)をお読みになった両陛下が、遺族に弔意を伝えたいとのお気持ちをもたれた。1月30日夕、河相周夫侍従長から玉井義臣本会会長へ電話が入り、両陛下の弔意が伝えられた。
 両陛下のお気持ちを聞いた妻の幸子さんは「あまりに、おそれおおいことで、どうしたらいいのか戸惑っています。両陛下は震災遺児のことで、いつも心を痛め、寄り添ってくださいました」と感激していた。


 17年前の天皇・皇后両陛下の神戸レインボーハウスご訪問は、あしなが育英会にとって、忘れることのできない宝物となっている。両陛下は心のケアプログラムの輪の中に入られ、ときには震災遺児と一緒に遊ばれた。遺児が怒りの気持ちを吐き出すために作られた「火山の部屋」では、皇后さまはサンドバックの上に登った遺児に「回してもいい? もっと回してもいい? 手に気をつけてね」と話されながら、3度4度とサンドバックを回された。1階のレインボーホールでは70人の震災遺児と保護者、ボランティアらがお迎えした。全員で「ともだちになるために」を合唱。両陛下は歌詞カードをご覧になりながらお聴きになり、皇后さまは歌の終わりには一緒に歌ってくださった。
 このあと、両陛下は遺児一人ひとりに、「レインボーハウスでは、どんなことをしていますか」「いろいろあると思いますが、負けずに励んでください」とやさしくお声をかけられた。天皇陛下は保護者に「(ここまで子どもたちを)よく育てられましたね。これからもがんばってください」と、ねぎらいの言葉をかけられた。
 お見送りの際、皇后さまがおっしゃった。
 「今日は胸がいっぱいになって、言葉がうまく出なくてごめんなさい。これからも子どもたちをよろしくお願いします」。
 1時間8分の予定が、10分間の休憩も取りやめたうえ、1時間19分のご滞在となった。

 天皇・皇后両陛下が17年前の神戸レインボーハウスご訪問を今も覚えていただいており、林田初代館長の遺族に弔意を伝えていただいたことは、本会そして震災遺児にとっても新たな宝物となった。


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