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東北津波遺児らが米国NYタイムズスクエアで街頭募金実施!

2011年06月15日 [プレスリリース]

津波から3か月。心のケアの必要性を世界に訴え、「東北レインボーハウス」建設募金!



 あしなが育英会(団長・玉井義臣会長)は、6月7日~12日、東日本大地震・津波遺児の高校生代表ら5人や阪神大震災遺児大学生らと米国ニューヨーク市を訪れ、NY9.11同時多発テロ遺児、ハリケーンカトリーナ災害遺児らとともに、東北の津波で親を亡くした遺児の現状やこれからの心のケアの必要性を世界に訴え、継続的に心のケアを行う拠点「東北レインボーハウス」建設のための街頭募金を行いました。
 世界中の人々が集まる
タイムズ・スクエアでの募金当日、道行く人たちから遺児らに対し「君たちの勇気と津波惨事は決して忘れない」「他者を助けようとしている行動力は素晴らしい」など多くの心温まる励ましの声が寄せられ、1時間半で100万円超の“やさしさ”が集まりました。募金実施の噂を聞き、飛び入りボランティア参加や小切手を直接持参された方など、日系人の方々からも応援いただきました。募金後、日本総領事館の廣木重之大使からご招待を受け、遺児たちに励ましの言葉をいただきました。
 翌日にはNY市内の高校も訪れ、地元の高校生らに被災体験を話し、日米高校生同士で「心の交流会」も行いました。宮城県、岩手県内の高校を通じての呼びかけに、自ら手をあげてNY渡航に大きな勇気と決断をしてくれた日本の高校生たちに、世界の方々から励ましと応援の声をいただきました。


 1995年の阪神・淡路大震災後に建てられた震災遺児の心のケアセンター「神戸レインボーハウス」と同様に、東日本大地震・津波遺児のための「東北レインボーハウス(仮称)」建設を2013年に目指し、募金(目標30億円)活動を引き続き行って参ります。東北の津波遺児らが世界中の支援で建てられる「東北レインボーハウス」で心癒され、一日も早く元気になる日が来ることを願っています。
 
 なお、今回のNY渡航は、モルガン・スタンレー証券、ユナイテッド航空、マリオットホテルグループから無料航空券や現地滞在費用などのご支援ご協力をいただき実現しました。心から御礼を申しあげます。

<参加した遺児たちの声>
 津波で母親を亡くした葛西祥弥さん(高校2年)は、地震が起こった時は学校にいました。「津波が起こり母を亡くした状態が現実に思えるようになりました」と、街頭募金前の記者会見で語りました。「9.11同時多発テロの被害者の遺族にお会いすることができました。彼らはとても前向きで、その事故を歴史に残すだけでなく、未来につなげようとする建設的な姿勢を見せてくれました。津波の被害に遭った私たちも、いつかはそうならなければならない、と思います。そのために、世界に被災者の声を届けることは重要でした。この震災の事実が、人から人へつながっていけばいいと思いました」。

 菅原彩加さん(高校1年)は津波に流され、二晩、自宅屋根の上で過ごしました。大きなガレキで背中に傷を負ったとき、彩加さんは飛び上がり、足の爪がはがれました。「母、祖母が亡くなりました。祖父は未だ行方不明です。海から7~8㎞あたりの住民は誰も今回のような大津波を想像していなかった。(津波が発生したとき)みんな家にいたと思う。私は流されましたが、生き残った」。「自分と同じ気持ちを持った世界の人や同世代の高校生たちと会い、互いを励ますとともに共感し合えたり出来たと思います。また、 ニューヨークの人たちやTVや新聞を通して世界中の人たちに被災地の現状や大変さを伝えることが出来たので本当に嬉しい。私たちがアメリカへ来て良かったと思います。5日間という本当に短い間の活動でしたが、とても良い経験になりました」。

 日下マリアさん(高校1年)は、津波発生時、友だちの家へ行く途中でした。「地面が大きく揺れました。父は私たちを迎えに来ようとしていたと思います。でも、津波にさらわれてしまいました。母は毎日泣き続けました」。「街頭募金では8歳の子どもがお手紙をくれました。応援メッセージが書かれていて、とっても嬉しかったです。感動しました。自分以上に大変な人がまだまだいる。だからその人のぶんまで頑張りたい」。

 丹野麻奈美さん(高校3年)は、今回の惨事で両親と姉妹を亡くしました。「学校の先生からニューヨーク募金参加の話しを聞き、迷わず行ってみたいと思いました。自分たち以外でも同じ思いをしている人は他にもたくさんいるので、自分のためだけじゃなく、他の人に少しでも役にたちたいと思ったからです」。

 中埜翔太さん(大学2年)は、95年の阪神淡路大震災で母親を亡くしました。「ニューヨークの様な国際的な都市においても、日本へ大変な関心を向けてくださっている方々がいるのだと思うと、日本人であることに誇りを感じた。 募金には、ニューヨークに住む日本人団体の方や有志の方々がかけつけてきてくださった。みなさんが日本の遺児たちのために立ち上がり、希望を 持たせてくれようとしているのがひしひしと伝わってきた。私自身も支援を受け、今がある身として、大変力をいただいた。津波遺児高校生もそう感じているとわかった。地震を経験し、親を亡くした自分だからこそ出来ることがあるということを、このニューヨーク滞在で改めて実感した」。

 応援に駆けつけたヒラリー・ストラウチさん(大学3年)は、01年のワールドトレードセンター同時多発テロで父親を亡くしました。「私も津波遺児の彼女たちと同じような経験をしたから気持ちがわかります。あしながが私を助けてくれたように私が彼女たちを支えたい」。同じく募金に立ったウィルボーン・ノベルズさん(大学1年)は、05年のハリケーンカトリーナで母親を亡くしました。「国を超えて親を亡くした子どもたちが会い、悲しみを共有することはとても大事で、津波遺児たちと会い、お互いに話ができたことはとても素晴らしい経験でした」と、それぞれ感想を述べました。


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