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東日本津波遺児支援 津波遺児と和太鼓チームがパリ市学校で交流、市庁舎前で和太鼓演奏

2011年12月13日 [プレスリリース]

 パリを訪問している津波遺児2人と中高校生を中心に編成された和太鼓チームが、あしなが育英会が企画した交流会に参加するため、パリ市にあるラ・フォンテーヌ校を訪問しました。ラ・フォンテーヌ校は中学と高校が併設されている、経済的に恵まれた家庭が多く住む16区に立地する名門校の一つです。1990年から日本語教育が行われていて、フランスでももっとも古くから日本語教育を行っている学校で、1994年には、天皇皇后両陛下が訪問しました。


 朝9時に学校に到着した太鼓チームは、授業中のため人気がない、四方を校舎で囲まれた中庭にそれぞれの和太鼓をセットして待機。10時の授業終了のブザーに合わせて、太鼓の演奏を開始しました。20分間の休み時間に入った生徒たちが太鼓の音を聞きつけ、一斉に中庭に飛び出してきました。


 最初は遠巻きに見学していた生徒の数があっという間に膨れ上がり、気が付くと太鼓チーム取り囲む大きな人だかりができていました。ほとんどの生徒が、和太鼓を見るのも、演奏を聴くのも初めての様子で、興奮した面持ちで演奏に聞き入っていました。この和太鼓のチームは宮城県和太鼓連盟評議会に所属する8人の中学、高校生(男子4人、女子4人)を中心に編成されています。



ほとんどのメンバーの家が、3月11日の東日本大震災の津波で流されるか、損壊するなどしました。また、このチームが使用した太鼓は、津波で海水につかったり、流されたりしたものが奇跡的に回収され、修復されたものです。


津波で親を失った東北の子供たちへの支援を訴えるために、一心不乱に太鼓をたたくメンバーの気持ちが生徒たちに伝わったのか、演目が終わるたびに大きな歓声と拍手がわきました。


 最後の演目”雀踊り”が終わって和太鼓チームのメンバー8人、久保泰宏・宮城県太鼓連絡協議会、今野鏡子副会長が並んで挨拶すると、生徒たちが一斉に太鼓のメンバーを取り囲みました。


 太鼓をたたかせて、と頼んだり、中にはサインを求める生徒もいました。期待を大きく上回る生徒たちの反応に、この交流イベントを企画したあしなが育英会のスタッフも驚きを隠せませんでした。


 この後、和太鼓チームのメンバーは仙台の津波遺児、日下マリアさん(16)、菅原彩加さん(15)とともに校舎内の講堂に移動して、ラ・フォンテーヌ校で日本語の授業をとっている学生たちとの交流会に参加しました。まず、林田吉司・あしなが育英会東北事務所長が、津波で心が傷ついた東北の子供たちには、心のケアが必要であること、そのために、あしなが育英会が”東北レインボーハウス“という施設を建設しようとしていることを説明しました。


 次に質疑応答の時間に入ると、生徒たちから和太鼓チームのメンバーに対して、どうして和太鼓を始めたのですか、どのくらいの時間練習しますか、など多くの質問がありました。鉢巻についての質問に、久保会長や和太鼓チームのメンバーが、生徒たちに鉢巻の結び方を教えるなど、交流会が終わりに近づいたところで、あしなが育英会のスタッフも加わり、日本から来た全員で日本の唱歌、故郷を合唱しました。


 ラ・フォンテーヌ校の生徒が日本語で書いた寄せ書きが和太鼓チームに送られ、和太鼓チームから生徒に手拭、におい袋、折鶴が送られました。最後に全員で記念写真を撮って、交流会のすべとのプログラムが終了しました。



 同じ日の午後、あしなが育英会パリ訪問団はパリ市庁舎を表敬訪問し、パリ市国際交流部部長補佐と会談しました。それにさきがけて、午後4時に市庁舎前で、和太鼓チームの女子4人に今野鏡子副会長が加わり、男子に太鼓伴奏に合わせて、“雀踊り”を披露しました。


 たまたまそこに居合わせたパリ市民が集まってきて、携帯電話などを使って、約5分間の踊りを撮影していました。最後に、パリ市の計らいで、普段は一般公開されていない市庁舎内の部屋を見学し、その日のすべてのスケジュールを終了しました。


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