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あしなが育英会玉井会長ウガンダ共和国のマケレレ大学で講演

2012年05月06日 [プレスリリース]

マケレレ大学で講演前に植樹式に参加した玉井会長(前列中央)


 あしなが育英会の玉井義臣会長が、アフリカのウガンダ共和国にあるマケレレ大学で、講演を行いました。※講演PDFはこちら
 マケレレ大学(Makerere University)は首都カンパラにあるウガンダ最大の大学で1922年に技術学校として創立されました。現在、22の学部・学科、研究所を有し、30,000人の学部生と3,000人の大学院生にプログラムを提供しています。

 マケレレ・アフリカ・レクチャー・シリーズという講演プログラムのもとで、過去に4人の講師を招いて講演会をおこなっており、玉井会長は5人目の講師として、日本人としてはもちろん、アフリカ人でない初めての講師としてマケレレ大学に招かれました。過去四回の講師の中には元南アフリカ大統領、元ウガンダ銀行総裁など多くのアフリカの著名人が含まれています。

講演PDFはこちら


壇上の玉井会長(左)とリチャード・カシンスキーさん(右)

 現地時間5月4日午後、玉井会長の講演を聞くために、会場である大学内の大講堂に続々と人が集まり始めました。大学側が事前に校内各所に玉井会長講演を知らせるポスターや横断幕を張るなど、異例の告知を行なってくれたこともあり、約500席用意された会場は、学生、教授、学外からの招待客であっという間に立ち見を含め600人を超える満員になりました。モンド・カゴニエラ・マケレレ大学長、リビングストン元副学長、ジェームス・ババ元駐日全権大使・現ウガンダ政府内務大臣、皆川一夫在ウガンダ日本国大使館特命全権大使らと共に、壇上に据えられたテーブルに横一列に並んで着席した玉井会長は、あしなが育英会OB・リチャード・カシンスキーさんの通訳を通して、『志』高くWORK HARDせよ―あしながアフリカ遺児教育百年構想-というテーマで講演をスタートしました。

 玉井会長は講演の前半、1963年に母親を交通事故で亡くしたこと、また、最愛の妻が不治の病に侵され29歳の若さでこの世を去ったことが、遺児支援活動を始める大きなきっかけになったこと、昨年東北地方を大地震と津波が襲った直後、出張中だったウガンダから急遽帰国し、地震と津波で親を失った子供たちのために、生活に必要な特別一時金を支給し、そのスピード感が国内外で高く評価されたことなどを説明しました。


真剣に講義を聴くマケレレ大の学生

 後半に入り、あしなが育英会は海外でも、親を失った遺児たちの心の癒しと国際交流に力を注いでいることに言及し、2000年にトルコ、台湾、コソボ、コロンビアから、震災・紛争遺児32に人を日本に招いたことを伝えました。また、ウガンダからは、2006年3月に来日して現在早稲田打大学大学院で学んでいるナブケニヤ・リタさんを皮切りに、あしなが育英会が提供する奨学金でこれまでウガンダのエイズ遺児が次々にICU、上智大学、関西大学、同志社大学などの有名大学に留学しており、その数は2013年には30人を超える予定であることを伝えると、会場から大きな拍手がわきました。

 次に、国連の調査によれば22世紀にはアフリカ大陸全体の人口が、世界人口の3分の1を占めるであろうと予測されているが、アフリカ人の生活向上と、欧米や中国、インドなど列強からの搾取を阻止するためには教育が不可欠であることを説き、サブサハラ以南49か国からそれぞれ最も優秀な遺児を毎年1人選抜し、世界のトップにランクされている大学に合格させ、留学させるという「あしながアフリカ遺児教育100年構想」につて話しました。毎年49人を海外留学させるには多額の資金が必要とされますが玉井会長は、”ほとんど日本だけで、40年間に900億円集めてきた私の経験上さほど無理な計画とは思いません。“と実現向けての熱い思いを語りました。ちなみに今回の講演会は、玉井会長のこの100年構想について聞き及んだマケレレ大学が玉井会長に、ぜひこの構想について学生たちに話してほしいという依頼をしたことがきっかけで、実現したものでした。

 玉井会長は最後にマケレレ大の学生に「己が信念に従い、WORK HARDで進もう!」、「怠け者に仕事をなすものはいない!」という力強いエールを送り講演を終了すると、会場から大きな拍手が送られました。


ダンスを披露するあしながウガンダの子供たち

今回の講演には、国際NGO-“あしながウガンダ”-がエイズで親を亡くし、生活苦から学校に通えない遺児たちを支援するために2003年に建設した施設「あしながレインボーハウス」の学校、寺子屋教室で読み書きを学ぶ子供たちも招かれました。会長の講演後、カラフルな衣装を身にまとった30人の子供たちが、アップテンポなドラムのリズムに合わせて約15分間、アフリカ人特有の雄叫びを発しながら一心不乱に民族ダンスを披露すると、会場から割れんばかりの大きな歓声と拍手が湧きました。

次にスピーチをした皆川一夫在ウガンダ日本国大使から、日本とウガンダの国交50周年を記念して、6月に秋篠宮殿下と紀子妃殿下がウガンダを訪問する際に、あしながウガンダを視察されることが、正式に発表されました。

講演会の最後にスピーチをしたモンド・カゴニエラ・マケレレ大学長は次のように述べました。

「私自身も15歳の時の時に遺児になり、学費を工面するために大変苦労しました。ですから、あしなが育英会が遺児を支援してきたNGOであると聞き大変感動しました。日本人は規律ある国民であり、困っている人々を助ける暖かな心(generosity)をもっています、それが日本を発展させた理由であると私は認識しています。今アフリカでは、人々が急速に豊かになるために、他の人々から奪うというようなことが起きています。あしながは、アフリカの若者を、教育を通して支援しようとしています。これは、アフリカが発展してくうえで最も重要なことです。貧しい人々を含めて、皆が豊かになるために、私は玉井会長とあしながの構想を応援します。」

 

また講演後に回収された学生へのアンケートの中には、77歳という年齢でありながら、いまだにリーダーシップを発揮して、貧困の撲滅と遺児救済のために大地に足を踏ん張って奮闘している玉井会長に敬意を表します、などの賛辞が多く寄せられました。

 今回の講演は地元メディアの注目も高く、New Vision 紙、NBS放送、UBCラジオなど全9社によって取材されました。

 玉井会長ら一行は、翌日の5月5日に“あしながウガンダ”の理事会に出席して、今後のアフリカのエイズ遺児へのさらなる支援につて話し合った後、5月9日にウガンダからニューヨークに向かい、現地の名門、バッサー大学のキャサリン・ヒル学長と会談、ジャパン・ソサイエティーの櫻井本篤理事長、廣木重之駐米大使などを表敬訪問するほか、NBA(全米バスケットボール協会), モルガン・スタンレー本社、ノブ・ニューヨーク・レストランなどを訪れ100年構想への支援を要請する予定です。

 “あしながアフリカ100年教育構想”   あしなが運動創始者 玉井義臣

 今、あしなが運動の3本柱は、①格差が広がる日本の遺児の高校、大学への進学と卒業を確保すること、②遺児の心のケア、③世界の遺児2億人にまず普通の人間的な生活をさせるために自助自立、連帯と共生を進める「あしなが100年教育構想」―である。

 ③のためには遺児を貧困の連鎖から解き放つ必要があるが、私たちは、貧困削減のために世界約200か国の底辺(ボトム)を形成するアフリカ諸国の遺児を「WORK HARD」させ、彼らが建設的な国づくりをするようになれば、長年続いた貧困からの脱出は可能になると考える。その鍵が教育支援だ。

 2050年には、アフリカ人は世界人口の4人に1人に当たる23億人、2100年には36億人となり、地球上の人類の3人に1人がアフリカ人になる(国連統計)。経済学的に見ると、そこにばく大な消費が生まれ、アフリカ大陸は世界一豊かになる。その結果、これから高齢化で貧困化する老大国も共存できるようになる。というのが、ASHINAGA運動の夢である。

 そのためには、今から真のリーダーを養成して、自主独立の国家を建設することが必要だ。人類は肌の色に関係なく共存共生できる。鍵を握るのは、世界中がサブサハラ以南の49か国の貧困脱出のために、次のような協力をできるかどうかである。①49か国の最も優秀な遺児を毎年1人ずつ選び、②世界のトップ100から150の大学が1人の教育費と生活費を4年間保障し、それを30年くりかえせれば充分だ。③「インターナショナルなあしながさん」が受け入れ大学の不足分をカバーする。基金、企業、お金持ち、個人のグループ。世界のプロスポーツの連盟等。

 私玉井と仲間たちは運動を創り40年、9万人の遺児を高校大学に進学卒業させた。ほぼ日本人だけの協力だった。世界が年に49人(その倍数)の大学奨学金を出せぬはずはないと私は楽観している。

 小説「あしながおじさん」の作家ジーン・ウェブスターの母校である米国ヴァッサー大学(Cヒル学長)はあしなが推薦のリタさんを小説発刊100年を機に受け入れてくださった。人道的で公平な人びとは世に満ちている。

 「あしながアフリカ100年教育構想」は、アフリカ遺児教育支援がアフリカだけでなく、全人類の幸せにつながると信じている。 (2012・4・21記)

 


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