あしなが活動

ASHINAGA ACTIVITY

クンバ・ガウロ

Coumba Gawlo

  • セネガル
  • シンガーソングライター
    “Lumière pour l’Enfance – Coumba Gawlo”協会 会長
    Go Mediaグループ CEO

経歴

有名なグリオ(西アフリカの伝統的口誦詩人)である母、Fattou Kiné Mbayeと共に7歳から歌を歌い始めた。14歳の時に、ネルソン・マンデラを称え、反人種隔離政策への断固たる抗議として父が書いた曲、「Soweto」を歌い、Golden Voice of Senegal賞を受賞した。

1998年に、フランス人歌手パトリック・ブリュエル(Patrick Bruel)氏がプロデュースしたアルバム「Yomalé」の中のシングル曲「Pata Pata」を発売してから、世界的に知られるようになった。この曲が98年夏に欧州でヒットし、ダブル・ゴールドディスク賞とプラチナ賞を受賞した。

世界的な成功を収めたことでガウロ氏は、真の意味でアフリカ文化を広める大使となった。社会的な活動にも積極的な歌手として、フランス人俳優コリューシュ (Coluche)氏 が立ち上げた「Enfoirés」クラブの一員になっている。

最近では、ユニセフやプラン・インターナショナルとも密接な協力関係にあり、また、国連難民高等弁務官事務所のスポンサーであり、貧困と闘う国連開発計画(UNDP)の親善大使でもある。歌手としての活動をしつつ、社会的、人道的な活動にも果敢に取り組んでいる。

国連開発計画(UNDP)と協力し、女性、子供や貧困層の人々のための取り組みとして、音楽と善意による啓蒙活動を、コートジボワールのブアケ (Bouaké) 市まで行って行った。ブアケ市は、コートジボワールの政府軍と反乱軍が衝突した場所で、ガウロ氏は北部と南部の恒久的平和の確立の一翼を担った。2010年3月には、「傷ついたハイチの人々」に対して、アフリカ大陸からの援助活動がほとんど行われなかったため、ガウロ氏は、「ハイチのためのアフリカ」を掲げ、著名なアフリカ人歌手達に、活動への参加を呼びかけた。

ガウロ氏の依頼を受け、ルクア・カンザ(Lokua Kanza)氏が作詞した曲を、歌手のウム・サンガレ(Oumou Sangaré)、ワシス・ディオップ(Wasis Diop)氏、セクバ・バンビーノ(Sékouba Bambino)氏、ルクア・カンザ(Lokua Kanza)氏、パパ・ウェンバ(Papa Wemba)氏、アルファ・ブロンディ(Alpha Blondy)氏、ユッスー・ンドゥール(Youssou Ndour)氏、オマール・ペン(Omar Pène)氏、バーバ・マール(Baba Maal)氏、アイーシャ・コーネ(Aïcha Koné)氏、イドリッサ・ディオップ(Idrissa Diop)氏、およびイスマエル・ロー(Ismaël Lo)氏が、全員で歌い、録音した。このプロジェクトは「アフリカは資源が乏しく、財源も限られているが、私達は団結してハイチ復興に貢献できることを示す象徴」と、ガウロ氏は考えている。

※グリオとは、西アフリカの伝統的口誦詩人(伝統伝達者)のことを言う。グリオは楽器の演奏をしながら、歴史上の英雄譚、名家の系譜、生活教訓などをメロディーに乗せて伝えることを目的としている。世襲制となっており、グリオ家系の者は、今でもセネガルを始めとした西アフリカ地域において、人々から畏敬の念を寄せられている。グリオの主要なグループは、マンディング諸語では jeliya、 djéliと呼ばれ、語根のjeliは後述するマンデ系社会の知識階層に由来している。ウォロフ語ではgéwal(géwélやgéwëlとも)と呼ばれ、トゥクロール族では gawloと呼ばれている。

委嘱状交付の写真


左より、クンバ・ガウロ女史、あしなが育英会理事富永


関連情報


http://coumba-gawlo.com/