「夫の過去と重なった」遺贈のあしながさんストーリー
あしなが育英会は、遺言書による財産の寄付(遺贈寄付)を受け付けています。
これまでも、たくさんの方が「遺産を子どもたちの未来に役立ててほしい」と、遺贈寄付をしてくださいました。
今回は機関紙『NEWあしながファミリー』198号の中から、そんな「遺贈のあしながさん」のインタビュー記事をご紹介します。
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あしながさんインタビュー
よう子さん(83歳 広島県)
「年を取っても学び続けることが生きがいです」
そう語るよう子さんの日課は新聞を読むこと。知らない話題はスマートフォンですぐ調べ、政治・経済などの勉強にも余念がない。
「人生は楽じゃない。でも、どんな経験も自分の心を豊かにしてくれます」
その言葉には、83年の人生を通して、いくつもの苦難を乗り越えてきた重みがある。
戦後の焼け野原で育つ
よう子さんは昭和18年生まれ。2歳のとき両親に連れられて北朝鮮から引き揚げ、原爆投下直後の広島で育った。街には焼け跡が広がり、小学校には原爆で親を亡くした子どもたちがたくさんいた。
朝夕の食事すら満足にとれず、復興までの道のりも遠い時代。それでも人々は支え合い、貧しさの中で懸命に生きていた。「戦災を忘れてはいけない」その思いは今も変わらない。
高校を卒業後は地元の証券会社で働き、24歳で結婚。転勤族の夫と共に、全国各地で暮らした。食べることが大好きな夫のために、愛情たっぷりの夕食を作って待つ。夜遅く帰ってきた夫が、お皿いっぱいの料理をペロリと平らげるのがうれしかった。
夫は、幼い頃に父を亡くした病気遺児だった。奨学金を受けて高校・大学を卒業し、大手メーカーに就職した夫にとって、奨学金は人生を大きく切り拓くきっかけになったものだ。
「夫の姿と、あしながの学生さんたちの姿が重なって寄付を始めました。一種の恩返しですね」

▲夫婦共通の楽しみは海外旅行。旅の記念に買った小物のコレクションを眺めていると、夫と巡った国々の思い出がよみがえってくるという。
「外国を知ると、日本の良さも見えてくる。若い人にもぜひ世界を見てほしいです」
弟の闘病生活を支えて
夫との生活は順調だった一方、よう子さんの実家には思いがけない悲劇が起きていた。
医学部に合格して将来を嘱望されていた弟が、20歳でとつぜん統合失調症を発症。大学も中退し、精神病院への入退院を繰り返すようになったのだ。家族みんなが「どうしてこんなことに」と悩んだが、原因はついにわからなかった。
弟の闘病期間は40年以上にわたり、両親の死後は夫婦2人が介護を引き継いで、弟が亡くなるまで約20年間支え続けた。障がいをもつ家族と共に生きる苦労を知ったからこそ、「世の中には助けを必要とする人がたくさんいる」と痛感している。
数年前、長年連れ添った夫を看取ったよう子さんは、自らの最期についても考えを巡らせた。そのとき、夫の生い立ちと、弟の闘病の記憶がよみがえった。
「病気や障がいは、いつ誰の身に降りかかってもおかしくない。そういう境遇に置かれた人たちのために遺産を託そう」
そう決意し、遺贈先に選んだのがあしなが育英会だった。
戦後の混乱の中で育ち、家族の病や多くの別れと向き合ってきたからこそ、よう子さんは「自分の人生に悔いはない」と微笑む。
「私はラッキーでした。戦争でも死なず、大病にもならず、こうして元気に長生きして、人を助けたいと思える人間になれたんだもの」
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よう子さんのように、本会の活動を支援してくださっているご寄付者のみなさまのストーリーを、あしながさんインタビュー集に多数掲載しています。ぜひお読みください。
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あしなが育英会では、9月14日(月)から16日(水)にかけて、「遺言相談会」を開催いたします。
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