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非公開: コラボレーション音楽会「世界がわが家」レポート 2014

2014年3月公演は大盛況のうちに無事終了致しました。
全ての関係者と全国のあしながさんのご支援に心より感謝申し上げます。感動のステージのレポートと関係者の声をお届けします。




ご報告


仙台公演(3月13日)
コラボレーション音楽会「世界がわが家」初演、仙台公演大成功!


東京公演(3月20日)
「世界がわが家」東京公演も大成功!



ヴァッサー大生マリンダの見た「世界がわが家」




ピックアップ感想

出演した子どもたち

ウガンダキッズ(10歳)

舞台の大きさに驚いたが、皆で力を合わせてベストなダンスと歌が披露できた。とても人見知りな性格だったが、初めて会う人とも仲良くなることができ、日本では一番の友人ができた。将来はパイロットになって母<伯母>を日本に連れて行きたい。

<伯母より>
いまだに彼が日本に行けたことが信じられない。彼が日本に行くことが出来たことで家族が変わった。不可能なことは何もないと思えるようになった。彼は一家の希望の星。彼のことを考えてくれる人が世界中にいることがとても嬉しい。

太鼓隊(出演時中学3年生)

私はこの話を聞いた時、「やりたいな」とすぐに思ったけど、受験生ということもありすごく参加するか悩みました。でも逆にこの太鼓があって勉強の息抜きになってすごくよかったです。仙台公演、東京公演までの練習期間が思っていたよりも短くて勉強をしなきゃいけないし、でも太鼓も覚えないといけないと思い「やめようかな」って思ったこともあったけど、練習に行くとやっぱりすごく楽しくて、頑張ることができました。仙台公演、東京公演の本番はセンターということもあり、不安もいっぱいあったけど、族のみなさんやスタッフのみなさんにサポートしていただいたおかげで、笑いあり、泣きありの公園になって震災があってほんとうに大変だったけど、それ以上の達成感や思い出をつくることができて本当によかったです。わたしにとってこの「世界がわが家」は生涯忘れることのない、本当に最高の思い出になりました。みんなありがとう。大好き。

コーラス部(出演時大学4年)

この春日本で過ごした二週間は、私の人生観のみならず、考え方も変わる経験でした。私は昔からNPO団体で働くことへの関心は持っていたのですが、このコラボを通じてあしなが育英会の様に、情熱的な職員ばかりで秩序もある組織が実在する事が分かりました。コラボを通じて「教育」に関する理解と、それが人々の人生にどんな影響をもたらすのかという認識が全く変わりました。安定した収入のある両親の下で育てられた私は、ずっと快適な生活を送る事ができましたが、それは当たり前ではないことに気づかされました。世界には、あしながに手を差し伸べてもらうまで生徒にすらなれなかった子供もいます。

あしながウガンダで過ごした三週間では、日本の大学への入学を控えた生徒達と仲良くなりました。彼らは朝早くに起きて必死に勉強に励んでいて、私が子供の時にあんなに文句を言いながらやっていた事を、自ら進んで取り組んでいました。日本で再会し、一年間での彼らの変化を自分の目で見る事ができました。生徒して、そして一人の人間としての成長を確認し、彼らの目標や将来が更に楽しみになりました。あしながの発起人の玉井会長ともゆっくりとお話しする機会もありました。今回一番勉強になったのは、一人の人間の考えによって、団体を作り上げ、世界中の子供たちの支援ができるという事です。努力と情熱によって夢は叶うのです。その夢が叶った後は、自分の成功をサポートしてくれた方々に感謝の意を込めて、社会貢献しなければなりません。

コーラス指導者 クリスティーン・ハウレットさん


「世界がわが家」の上演に際して、最も意義深いと感じたことは、出演者全員―ヴァッサー大学コーラス部、ウガンダの子供たち、和太鼓隊―がそれぞれのやり方で一致協力できたことでした。それぞれが自分の強みを活かして協力し、私たち全員が一体となったときこのプログラムが初めて形になりました。

こんなにも短期間、それも生徒たちの時差ぼけが治っていない状況でプログラムを作り上げるなんてこれまで経験したこともなく、かなり無茶な挑戦でした。何よりもまず、ヴァッサー大学の学生は予想もしていなかった文化の違いに戸惑い、大変だったと思います。トイレを共用するというのは普通アメリカでは考えられないことです。東京にあるあしなが育英会の施設「心塾」では決まって朝6時30分に朝礼があり、その中で連絡事項を伝え、清掃などの用務も行っていました。その狙いは生活共同の仕組みを作り上げることですが、柔軟性や自主性が尊重されるアメリカの学生がこのような施設に入居し慣れるためにはかなりの努力が必要でした。


一方で、このような環境は来日したウガンダの子供たちにとっては極めて贅沢なものでした。彼らが最も喜んだのは共同浴場(「また泳ぎに行ける?」と言っていました)とユニクロからご寄付頂いた真新しい衣服でした。彼らが新しい環境にいとも簡単に適応したのを見て私は驚きましたが、今になって考えれば、彼らが新しい環境にすぐになじめるようにウガンダのあしなが育英会スタッフがしっかりと準備をしてくれていたのでしょう。(ヴァッサー大学ホームページより転載)



ハウレットさんとウガンダの子供たちにとって日本への旅はちょっとした再会の場となりました。その絆はハウレットさんがウガンダのナンサナで、あしなが育英会の活動にボランティアとして参加していた5週間の間に育まれたものです。彼女は研究休暇期間を利用して、2013年春から夏にかけて初めてナンサナを訪れました。彼女の仕事は、60人を超える子供たちをケアしていた「あしながレインボーハウス」の教室に通う子供たちに英語、ヘブライ語、ラテン語の歌を教えることでした。

彼女の仕事は決して生やさしくはありませんでした。同大学の学生新聞”Miscellany News”に掲載された記事では、ハウレットさんが初めてこの子供たちに会ったとき、「教える上で最大の難関は言葉の壁でした。ウガンダの公用語は英語ですが、英語よりも広く使われていて、しかも子供たちのほとんどが話している言語は、現地語であるガンダ語でした。」と語っています。歌い方や抑揚に違いがあることも指導する上で障害となりました。結局、ハウレットさんは「ド・レ・ミ・ファ・ソ・ラ・シ・ド」を使って各音階の音を出すことにより音の高さや和音を習得させるソルフェージュを教えることでこの問題を乗り越えることができることに気づきました。(ヴァッサー大学ホームページより転載)

太鼓指導者 佐藤三昭さん


あしなが育英会さんから、このお話を頂いたのは、昨年の夏でした。被災地に生き、被災地に活きることとは何か、手探りで活動をする日々なかでのこと。その後、演出家のジョン・ケアード氏とお会いし、日本側でのお手伝いがスタート。約半年間で被災地の子ども達による太鼓チームを組成し、コラボレーションステージを作るという。困難なことではあるのだけれど、絶対にやり遂げたい思いが身体中を廻る。幾多の想いを抱えながら、一生懸命に生きている子ども達。世界からの温かな支援に、お礼を伝え続ける子ども達。この子たちが、自らの力で、世界のために支援をすることができたら。役立つことができたら。そして、世界の中で、貧困や教育機会に恵まれない子ども達の現状を知れたら、きっと世界を見つめて生きてゆける。そう思ったからでした。


ウガンダの子ども達やニューヨークの大学生達と共に合宿を重ね、全ての心配事は一気に晴れ渡り、友情と共有と理解が深まりました。公演はまさに「世界がわが家」になりました。みんなの瞳が輝きました。
子ども達が一同に介することの本当に意味を、リハーサルから本番に向けて目の当たりにした喜びは、何事にも代え難い確信であり、喜びでありました。そこに障壁など何も存在しないということ。それは関わらせていただいたスタッフが感じたことでもあります。
この出会いに感謝し、今後の取り組みにも力を注いでまいります。感動をありがとうございます。

ナレーター 音無美紀子さん


「世界が我が家」の公演の興奮がまださめやらない私です。

このステージは演出のジョンケアード氏の魔法による奇跡でしょう!

このショーのナレーションと言う大役をやらせて下さった事に心から感謝しています。こんなにも感動の涙を流した事はありません。

いったいどんなステージになるのか、私は何をすれば良いのか何もわからない状態で花山の青少年センターでの合宿稽古に参加。ホールから元気な子供たちの歌声や笑い声が聞こえてきて急に心が沸き立ってきました。そこで見たウガンダの少年少女のダンスに圧倒され、自然に涙が出てきて止める事ができなくなりました。凄い!凄い!言い様のない感動でした。「Mikiko」とすぐに仲良しに。バッサー大学のコーラス部の美しい歌声が胸に響きます。

そこに東北の太鼓隊の力強い演奏が加わって、いつの間にか素敵なコラボレーションになったのです。

合間、合間に私がコメントを読み、演出のジョンが、言葉を足していく。

1週間、朝から夜8時まで食事をはさみながらの熱い稽古。日に日に素敵に出来上がって行くショーに、何度も鳥肌がたつほど感動したものです。この子供たちの内にある才能はいったいどれ程のものなのだろう!

演出のジョンは一人一人の個性を見抜く力が半端ないのです。どんどん演出が膨らんで行くのです。

こうして、世界が我が家の幕が開きました。

玉井会長は40年前にあしなが育英会を創設、方々に支援を呼び掛け、運動を引っ張り、支援の輪を広げ約9万人の子供達を援助してきたと聞いております。

ウガンダの子供達は会長を見つけるや「たまちゃん、たまちゃん、」の大合唱、もみくちゃ(>_
あしながから派遣されてウガンダでサポートしている日本人スタッフの温かい眼差しや行動力、たくましさ、もう感動する事ばかり!

東北太鼓隊の子供達、若者達の太鼓が胸にズシンと響いてまたまた鳥肌が立つほど興奮しました。被災し家族四人を亡くした青年、津波で全て流された女の子、父を亡くした高校生、それでも強く生きると力強くバチを叩く!凄い迫力!私はここでもまた涙、涙…

ヴッサー大学の混声合唱の美しいハーモニー、全員で歌う「花は咲く」の美しいこと。ああ、もう書ききれない程。

このショーを通して、「生き抜く事こそが誉れ」と、彼らは私に教えてくれました。

彼らの未来が輝かしいものになりますように、そして世界中の子供たちが希望を持って胸を張って生きていけるように、微力ですがお手伝いしていきたいと思います。




応援メッセージ

100年構想の幕開け


あしなが育英会OB / あしながウガンダ評議員 渡邉文隆

今回の音楽会は、途方もなく大きな物語を見せてくれました。その物語とは、100年前のあしながおじさんに始まった、「遺児のためのケアと教育」という、無名の人々が紡いできた物語でした。

心を打ったのは、音楽の美しさだけではありませんでした。

それは、この物語の真ん中にいる子どもたちが一生懸命に生きる姿であり、50年以上にわたって遺児のために働いてきた玉井さんという人のひたむきさであり、そして何よりも、観客席にいる自分たち自身が、その物語の一員である、ということでした。映画やドラマで流れていくつくられた物語とは全く違いました。自分の人生と地続きで繋がっている、大きな物語への感動でした。

僕は、15歳の時に父親を亡くし、それ以来「自分にはもう戻れる家はない」と感じていました。今回の音楽会で、実感しました。自分の人生は、「遺児のためのケアと教育」という物語を支えてくれた何十万人もの人々と共にあったということと、彼らの温かい支援によって自分は「世界がわが家」だと思えるように回復したのだ、ということを。

僕は遺児であった一方で、2000年から2005年まで、あしなが育英会の活動に大学生ながら深く関わらせていただいた、「遺児を支援する側」の者でもあります。

2000年、あしなが育英会は初めて、海外の遺児を招いて交流会を開催しました。きっかけは、1995年の阪神・淡路大震災で親を失った子どもたちの「自分たちが受け取った海外からの支援にお返しをしたい」という声でした。この交流会は2007年まで開催され、アメリカのテロ遺児、イラクの戦災遺児、そしてウガンダのエイズ遺児など、国と国の境界を超えて子どもたちが孤独を癒す場、そして未来のための力と学びを得る場となりました。今回の音楽会の序曲は、今から14年前に始まっていたのです。

2003年12月には、この活動を契機に、エイズ遺児のためのケアセンターがウガンダに建設されました。私はこのケアセンターのスタッフとして2004年に現地で生活し、エイズ遺児たちの置かれた状況を改善するため苦闘していました。

「支援する側」の人は、寄付者であれボランティアであれ、無力感に苛まれます。この世界はどうして、多くの人の懸命な努力にも関わらず、このように子どもたちにとって過酷であり続けるのだろう、と。

しかし、その無力感を今回の音楽会で覆され、涙が止まりませんでした。自分たちと同じように、恵まれない境遇にある人を支援しようとする人たちが過去にも存在し、少なくとも今の世の中は、100年前よりもはるかに良い場所になっている。

2011年に日本を襲った大震災で実感したように、僕たちひとりひとりは運命を前にしたとき、なすすべもありません。どんな子どもも、突然に親を失うことはあり得るのです。しかし、誰かが「遺児のためのケアと教育」という志を受け継いでくれて、この物語を紡ぎ続けてくれるだろう。

たとえ何十年かかっても、さらにあと100年を要したとしても、親を失った全ての子どもが、教育によって自分の可能性を追求できる社会を作ってくれるだろう。僕たちは、子どもたちを支えることを通じて、自分の小さな人生よりもずっと大きな物語を紡いでいけるのです。それは、とても幸せなことだと思います。

あしなが育英会は「アフリカ100年構想」を掲げ、次の100年でさらに大きな進歩を実現しようとしています。今回の音楽会は、その実現に向けた、スタートでもあったのだと思います。これまでの100年の物語を支えてきてくださった方々と、この音楽会を実現くださった皆様に、心からのお礼を申し上げます。

そして最後に、この長い文書を読んでくださったあなたに、お誘いを申し上げます。あなたも、「遺児のためのケアと教育」という壮大な物語をつくる一員として、たとえあと100年かかったとしても、僕たちと一緒により良い社会をつくりましょう、と。



公演パンフレット


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世界がわが家 公演パンフレット(PDF)


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