NHKホームページに東日本大震災津波遺児へのインタビューが掲載されました
東日本大震災の津波でお父さんを亡くした萩原彩葉(はぎわら・さわは)さんのインタビューがNHKホームぺージ・みんなでプラス「いま言葉にしたい気持ち~東日本大震災あの日から~」に掲載されました。
彩葉さんは宮城県出身。自宅は内陸部で無事でしたが、父・英明さん(当時36歳)は宮城県沿岸部の名取市閖上(ゆりあげ)での仕事の最中、津波に巻き込まれ、帰らぬ人となりました。
震災後、何年もの間、亡くなった父のことについて誰にも話せなかった彩葉さんですが、レインボーハウスの心のケアプログラム に参加し、多くの出会いを経験する中で、少しずつ自分の感情や父との思い出を言葉にすることが出来るようになりました。そんな彼女は、今度は自分が悩みを抱える子どもたちの支えになれればと、現在、養護教諭を目指し大学で勉学に励んでいます。
記事の一部を再構成し、紹介します。
「私まで泣いたら、家族みんな死んじゃうんじゃないか」
――(あしなが育英会アンケートより)「親についての気持ちを誰と話すか」という質問で、「誰とも話さない」と答えた割合の高さが際立っていました。中高生では半数、18歳以上では4人に1人です。
彩葉さん
私もきょうだいとも親とも、学校でも話さなかったです。お父さんが亡くなったことを最初に聞いたとき、私は全然理解できなくて、信じたくなかった。だから泣くこともできなくて。でもきょうだいとか親はすごい泣いていて、その姿を見て、私まで泣いたら、家族みんな死んじゃうんじゃないかって思って。話したら泣いちゃうっていうのも分かっていたので、その気持ちはしまって、泣かないように、話さないようにしてました。
――自分が泣いたら家族が壊れてしまうと感じたんですね。
彩葉さん
お母さんが全然食べなくなって、すごく痩せちゃって。みんな死んじゃうんじゃないかという思いが、よりリアルになっていきました。みんなで泣いたら、みんなが元気になるきっかけがなくなっちゃうんじゃないかなと思って。だから私は泣かないで、できるだけ笑って過ごそうと思っていました。
「弱い自分を見せていいんだよ」
――どんなきっかけで、お父さんのことを周囲に話してみようと思ったんですか。
彩葉さん
小5の時に、あしなが育英会で出会った「みなみ」というファシリテーター(遺児と接するボランティア)に、初めて話しました。
ちょうどそのころ私は学校で、父が津波で亡くなったことを言いふらされて、いじめみたいなことに遭っていました。それでも私はずっと人前で泣かないようにしてたんです。みなみの前でもへラッと笑いながら話して。そうしたらみなみは、“私が泣けないんじゃないか”と思ったらしくて。「泣いていいんだよ」「ちゃんと悲しむことも大切だし、自分の感情に素直にならなきゃどんどん感情がなくなって、もっと感情の出し方が分からなくなるよ」「弱みを見せてもいいんだよ」って言ってくれました。
――話したことで、彩葉さん自身に変化はありましたか。
彩葉さん
自分の感情に目をむけて向き合ったほうが、我慢して意地張ってるよりも生きやすいなって思いました。もっと、人の「悲しい」とか「苦しい」とか、そういう感情に目を向けられるようになりました。自分はいろいろなことを思っていたり、いろいろな感情を持っているので、それを自分で見つけて分かるようになって、よかったなって思います。
《NHKみんなでプラス「いま言葉にしたい気持ち~東日本大震災あの日から~」》
大切な親との別れ 言葉にできるようになるまで――「あしなが育英会」アンケート結果を受けて
≪津波遺児家庭へのアンケート調査≫