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あいだ、で。 ~東日本大震災13回忌によせて~

コラム 2023.03.30

傍らにはいつも、大江健三郎さんの本があった

3月13日午後、ノーベル賞作家の大江健三郎さんの訃報が飛び込んできた。ひな祭りの日に亡くなったと。

 

東日本大震災13回忌、11日と12日の2日間、「3.11こころの居場所」というプログラムを石巻レインボーハウスで過ごし、その余韻と疲れが心身をめぐっているとぼんやりと感じている時だった。

 

実は、2007年静岡県で開催された自殺対策関連のシンポジウムで基調講演をされた大江さんご本人と対面し、ご著書『小説の方法』(岩波現代選書Ⅰ、1978年)にサインをいただいたのだった。

 

「西田正弘様 春ごとに花のさかりはありなめど あい見むことはいのちなりけり 
                  古今集巻二 二〇〇七・静岡 大江健三郎」

と。

 

最初の著書との出会いは、大学のキャンパスで友人の一人が興奮気味に最新作だと『同時代ゲーム』を見せたその時だった。当時の私は、大江健三郎という小説家を知らなかった。下校時にすぐに買い求め読み始めたが、さっぱり頭に入って来なかった記憶がよみがえった。

 

その後、育英会で仕事をするようになると、いつも傍らには大江さんの本があった。私にとってのバイブルは「資産としての悲しみ」「新しい人よ眼ざめよ」である。12歳の時に交通事故で父親と死別した「体験をどのように生かす」ことが出来るのか、という問いを考え続けるのに、大江さんはなくてはならない存在となっていった。

「こころの居場所」とアヤカさんのケーキ

今年の「3.11こころの居場所」には、11人の津波遺児と6人の保護者(母、父、祖母)が参加され、ともにひと時を過ごした。その中の一人に、埼玉でパティシエとして働いているアヤカさん(26)がいた。

 

彼女は、10日に実家で作ったケーキをふるまってくれた。お菓子作りを始めたのは5歳ごろで、亡くなったお母さんの手伝いがきっかけだったという。お菓子に添えた思いを、カードにして教えてくれた。

 

そらとぶおかし
~祈り~

月と羽根をモチーフに、

空への祈りと未来に向けて羽ばたくための羽根を
イメージしました。
底の生地はゼノワースで、
メインはミルクムース。
ムースの中央と表面にイチゴゼリーを使いました。
桜が咲きだす時期でもある3月のケーキになるよう
いちごで飾り、春らしさを出しました。

 

アヤカさんのケーキに添えられたカード

 

 

彼女がお母さんを津波で亡くしたのは14歳のとき。レインボーハウスで仲間やファシリテーターと出会って、一緒に成長できる喜びを感じてきた。大学生・社会人のつどい「にじカフェ」には欠かさず参加し、自分の「いま」、「これまで」、「これから」に丁寧に触れてきた。働きながら心理学や経営についても学んで来た。郷里での起業も視野にいれつつある。学ぶことが楽しい、と言う。

 

このケーキには、彼女の12年の出会いと歩みと思いが織りなされている。

 

他の参加者には、この春就職する子、大学進学する子、すでに保育士として奮闘している子、コロナ禍で会えない間に身長が20センチほども伸びた小学6年生の子などがいた。

 

3.11をきっかけに、あしなが育英会とつながった津波遺児は2083人。一人ひとりに12年がありそれぞれの歩みがあるのだと、石巻での2日間でそう思った。

 

さらにこの1年を振り返れば、神戸や東京のレインボーハウスに新規の問い合わせと参加希望が相次ぎ、延べ388人の子どもたちが訪れた。それぞれの喪失体験がある中で、みんな、その時々の気持ちと向き合いながら、1歩ずつ人生を歩んでいた。

 

 

子どもたちと一緒にトランプをする筆者

「悲しみ」を「資産」にする歩み

コロナパンデミック以降、またロシアのウクライナ侵攻以降、直近ではトルコ・シリア地震などによる死者数が毎日報道されている。ともすれば朝のニュースを聞きながら目の前の日常をおくる私たちは、その「数」 を、実感を持って把握できる力量がないのではないかと思う。かつてスターリンは「ひとりの死は悲劇だが、多数の死は統計だ」と言ったという。

 

大江さんの訃報に接し、アヤカ さんのケーキの味わいを思い起こす。

彼女のように親をなくした子どもたちの「親との死別とその後の歩み」を知ることで、死別体験の「悲しみ」をほぐして「資産」にしつつ、新たな自分で続きの人生を歩み始めている人がいるのだと気づかされた。

 

遺児たちと同じように、ニュースや統計で知る多くの人の「死」の裏側には、一人ひとりのかけがえのない人生と死別し遺された人がいる。そのことに思いを馳せたい。

 

合掌。

 

執筆者:西田正弘 心のケア事業部長・東北事務所長

 

投稿者

高橋 耕生

高校生のときに友人を亡くす。以来、死別を経験した人へのサポートについて学びながら、神戸レインボーハウスのファシリテーターとしても活動。 現在は職員として、一人ひとりの遺児と向き合い、グリーフサポートプログラムの進行や運営を主に行っている。

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