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自死遺族 怒りと苦しみの五重奏

保護者インタビュー まなざし#11

M.Iさん(40代 首都圏)

自死で家族を亡くすことは、他の理由で家族を亡くすのと、少し違うと遺族はいう。死別の悲しみに加えて、怒り、後悔、疑念など、様々な感情が入り乱れる。そこに、多額の借金と、裏切られたという思いが入ったらどうだろう。今回は、ギャンブルによる多額の借金を残して自死をした夫について、Mさんが語ってくださった。

小さな子どもを残して

「私の中では、20年近くが経っても、納得がいかない部分があります。当時、我が家には乳児と幼児がいたのですが、その子たちを残して、どうして逝ったのか…というところは、いまだに腑に落ちません。夫は子煩悩で、その子たちを本当に可愛がっていたのです。それなのになぜそんなことができたのだろう?と思うのです」

 

夫が家から随分離れた場所で、自死という形で発見された時の衝撃はもちろん忘れない。しかし、そのことは、両親と姉以外の誰にも話したことが無い。夫の自殺よりも、その後にMさんを襲った不安や恐怖、疑念、怒りの方がはるかに大きく、幼子を抱えて、悲しみに浸る暇はなかった。誰かに話す余裕も無かった。

赤ちゃんとお母さん

 

結婚をして、4年、つつましくではあるが、ごく普通に、幸せに過ごしていた。ある日、夫宛に一通の圧着ハガキが届いた。Mさんは、何かの請求書かと思い、表書きを確認せずにそれを開いた。そして、そのハガキが消費者金融からの督促状だと知った。

「あれ?と思った次の瞬間、ピンと来たのです。これは、ギャンブルをして作った借金に違いないと。実は、結婚の直前だったか、直後だったか、記憶が定かではないのですが、彼が自分に借金があることを告白してきました。金額は新車1台分くらいはあったでしょうか。私は新生活をスタートさせることに夢中でしたから、『分かった、これは私が肩代わりするから、身ぎれいにしよう』と、伝えました、当時は、あまり深く考えずに、結婚のために問題の解決を急いだのです。しかし、それがギャンブルによる借金だと分かり、少し不安はありました。でも、2度と賭け事には手をださないと固く約束をしてくれたし、彼を信じようと、その件は幕引きとしたのです」

 

しかし、数年経って、新たな借金が明るみに出た時、Mさんは「裏切られた」と強く思い、再び彼の借金を背負う気にはなれなかった。もう、この結婚は続けられない…と、直観的に思った。

「とにかく、ちゃんと説明をして欲しい。いくら借金があるの?他のところからも借りているの?」

そう迫ると、夫は困ったような顔をした。そして、ちょっとしたスキを見つけて家から逃げ出してしまい、何日も帰って来なかった。

「仕事が急に忙しくなったから、泊まり込む」

と言って、対話することを避け続けた。話をすれば、別れ話になることを、夫は悟っていたのかもしれない。

 

そうこうしているうちに、家に督促の電話がかかってくるようになった。一体、総額でいくらの借金があるのか、と考えると身体が震えた。家に戻ってきてからも、のらりくらりと話をそらす夫。Mさんが声を荒げて、夫婦が不穏な空気になると、小さなこどもは敏感に察して泣き始める。実家に子どもを預けて話し合いをしようとしても、預けにいっているそのわずかな時間に逃げてしまう。そうして数週間が過ぎたある日、警察からの電話で夫の自殺を知った。享年28歳だった。

真っ暗なトンネルを手探りで歩く

「後の処理は本当に大変でした。結局、どこからいくらの借金をしているか、はっきりしないまま、私が対応しなくてはいけませんでした」

督促状などを頼りに消費者金融を訪ねたり、かかってきた電話に応対したりするうちに、徐々に全貌がみえてきた。借金は膨大だった。立派な高級外車が何台も買える額だった。そして、亡くなる数カ月前には、自分自身の生命保険を高額なものにかけ替えていたことも分かった。いざとなれば、命に代えて…と思っていたのかもしれない。

 

「テレビで名前を聞いたことがあるような大手の消費者金融は、書類をそろえて、手続きを行えば、返済が免除になる場合もありました。しかし、名前を聞いたこともないような会社も複数あって、どんな会社か分からないし…。急に取り立てに来るのではないかと、いつも不安を感じていました。いくつの会社に、いくら借りているかも分からないままだったので、電話が鳴ると、ビクビクッと身体が震えました。家の近くで、スーツ姿の人を見かけると、『うちに借金の取り立てに来た人だろうか?』と緊張して身が硬くなったのを覚えています」

 

幼い子どもを抱えて、大黒柱を失った戸惑いと悲しみ。それに、裏切られたという怒りや、なぜ気付かなかったのだろうという自責の念、借金の取り立ての恐怖などが一気にMさんを襲った。漠然とした不安は、昼夜を問わず、Mさんの上に重たくのしかかっていた。

「それはまるで、真っ暗なトンネルの中を、手探りで歩くような感覚でした。出口も見えなければ、一寸先の手の先すら見えないような。本当に、前も、後ろも真っ暗でした」

いい夫で、いい父親…死後、それとは違う彼と向き合う

Mさんを一番苦しませたのは、夫への愛と、憎しみ、信頼と裏切り、幸せと疑念という、両極端な感情の引っ張り合いだった。夫は、普通に働き、人当たりも大変に良く、家事にも育児にも協力的な、優しい伴侶だった。話していても楽しかったし、家族も大事にしてくれていた。子どもをお風呂にいれてくれたり、公園に連れて行ってくれたりする子煩悩な姿は、いい父親そのもの。金にだらしないと感じたことは一度もなかった。ごくごく普通に、幸せに暮らしていた。

 

だから、そこまでギャンブルにのめり込んでいたとは、全く気付かなかった。彼が死んだ後に見えてきたのは、自分が知っていた夫とは全く違う人物像だった。

「結婚生活も全部が嘘だったのか…とか、何で結婚したんだろう…とか、何で二人も子どもを産んだんだろうという疑念や後悔が湧いてきて、本当に苦しかったです」

夫が作った借金は、なるべく早く返そうと、実家の両親や姉が返済を手伝ってくれた。保険金はほとんど借金返済に消えた。夫の実家は、息子が作った巨額な借金のことを知っても、協力を申し出たりはしなかった。義父は葬儀でも涙を見せず、どんな親子関係だったのかと不思議に思わずにはいられなかった。

レインボーハウスとの出会いで笑顔を取り戻した

子どもの学校の教員が、勧めてくれたことをきっかけに、あしながレインボーハウスを訪ねた。あしながとの出会いはMさん親子にとって大きなターニングポイントだった。

「それまで、親子でどこかへ行くという余裕は全くなかったので、泊りがけで何かをするとか、お兄さん、お姉さんと遊べるというのが、本当に楽しかったのです。私も、保護者のつどいに参加して、随分と救われました」

あしながでの活動を通して、価値観が少しずつ変わっていったと、Mさんはいう。

 

「子どもが、初めて新幹線に乗ったのも、初めての海も、初めてのスキーも、あしながのプログラムに参加してのことでした。子どもたちは、旅行に連れて行けないことに、文句を言ったことなんてありませんでしたけれど、母子家庭ではなかなかしてあげられないことを、あしながで体験させてもらいました」

レインボーハウスでの流しそうめんやバーベキュー、クリスマスのイベントなど、みんなでワイワイやれたことが、本当にいい思い出になっている。

「あれが楽しかった!って、素直に報告をする子たちではありませんでしたが(笑)、どの写真をみても、はちきれんばかりの笑顔で、うれしそうにしている姿が写ってるんです。そんな写真が、本当にいっぱいあります。でも、一番楽しんでいたのは、もしかすると私だったかもしれません!お母さん同士でお喋りをして、手芸をして、お茶して、笑って、色々教えて頂いて。本当に楽しかったです」

心からホッとできる場所。大きな声で笑える場所。時間を忘れてお喋りできる場所。出会った人たち、そういう場を作ってくれたスタッフに、心から感謝している。

20年経って、疑念の糸がほぐれていく

医療従事者である姉は、夫の死後すぐから、「彼は病気だったのでは?」という言葉をMさんに伝えていた。当時は、自殺と、借金という大きな問題の前に、その言葉を受け流していたが、姉はギャンブル依存症のことを言いたかったのではないか、と最近、思うようになった。

「夫は、小さなころから、父親に連れられて、パチンコや場外馬券売り場に行っていたと聞きました。高校時代に母親を亡くしてからは、寂しい思いもあったと思います。ギャンブル好きの父親の影響もあって、徐々にギャンブルにはまっていったのかな…と」

 

アルコールやギャンブルといった依存対象は、ある時点までは、その人が自分を保ち、悲しみやストレスから身を守るために、必要と感じる物質や行為であるといわれている。やがて、それらは脳内に変化を起こし、その刺激や快感なしには、生きている実感も、歓びも感じられなくなっていく。それが、依存症という精神疾患だ。アルコールや薬物によって快感や幸福感を得るのと同じ仕組みで、ギャンブルから快感や高揚感、達成感を得るのがギャンブル依存症で、アルコールや薬物同様、断たれると、強烈な渇望を感じる。

 

「母親を急に失った喪失感を埋めるために、また父親とのいい関係を保つために、彼がギャンブルにのめりこんでいったのではないかと、想像することも難しくありません。その時は知る由もなかったけれど、今にして思えば父親との関係にも、なんらかの悩みがあったかもしれません」

これだけの時間を要して、初めて「彼」の立場から状況を見てみる気持ちが芽生えた。彼が再びギャンブルに手を出したのは、上の子を出産するためMさんが実家に帰ったタイミングであったことも、借金の履歴から分かった。結婚して1年経つか、経たないかの頃だ。

「でも、今はもう、憎いとか許せないとか、そういう感情は出尽くして、淡々としています」

今は、優しくて、人がよくて、仕事も家庭も大事にしてくれていた夫のいい部分を覚えておこうと思っている。

だだをこねる子に寄り添いたい

将来の夢を尋ねると、Mさんは「子どもに関わる仕事がしたい」と答えた。

「どういう形で関わるかはまだ定かではありませんが、勉強についていけないとか、友達と上手く付き合えないといった、悩みを抱える子どもたちに寄り添っていきたいと、漠然と考えています。レインボーハウスでも、学校に行けなくなった、こういう風にしたら学校に行けるようになった…という話題を保護者同士でよくしました。学校の先生に対しては、子どもも保護者もちょっと壁を感じるかもしれないけれど、先生ではない立場の人にだったら素直に話せることもあるでしょう。大人でも子どもでも、話ができるだけで『スッキリした』って思いますものね」

 

最後に少し、答えにくい質問もしてみた。

「えー、夫ともう一度会えたら、ですか?うーん。うーん…。

『あの時、大変だったよ』とは言うかな?事務的なことしか、言えないかもしれないです。冷静だったら、『子どもたち、ここまで育てたよ』って言えるかな。でも、『本当のことはどうなの?あなたも大変な何かを抱えていたの?』って聞きたい気もします。

向こうは…苦笑いしてると思います。バツが悪くなると、調子よく、都合のいい言い訳をしたりせずに、黙って苦笑いしている人でしたから。そもそも、本当に優しい人だったなぁって思います」

Mさんの、にっこりと笑った表情と、穏やかな口調から、ここまでひとりでやってきた、母親としての誇りと自信が伺えた。

ランドセルの子どもとの後ろ姿

(インタビュー 田上菜奈)

 

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今回のインタビュー記事内の写真はイメージ画像です。

 

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