職員インタビューエンノシタ「人間は生きていくうえで物語がいる」
職員インタビューエンノシタ#4「人間は生きていくうえで物語がいる」
新元愛美 広報部 機関紙編集室(広島県出身)
夢だった文章執筆の仕事を諦め奨学金返済に明け暮れた20代を経て、あしなが育英会に入局した新元さん。現在は機関紙編集室で「NEWあしながファミリー」制作に携わっています。実は昨年と今年話題となった「遺児のお母さん作文集」を、企画から担当した立役者です。「人間は生きていくうえで物語がいる」、と話す彼女の原動力についてお話を聞きました。
奨学金を借りて大学、大学院へ。でも、就活で失敗。
私はあしなが奨学生ではありませんでしたが、大学、大学院と奨学金を借りて進学しました。本が好きで、活字が大好きで、出版社に就職することが人生の大きな目標でした。文学部の修士課程に進み、子どもの頃から憧れていた出版社に契約社員として入社しました。
大学院を卒業した時点で、400万円の借金(奨学金返済額)がありました。契約社員の編集アシスタントでは、フルタイムで働いても、給与は正社員の半分程度。ひとり暮らしを維持するのが精一杯で、なかなか貯蓄はできませんでした。週末に単発のアルバイトを兼業して、休みなく働きました。薬品の治験のアルバイトもしました。1週間くらい入院して、ビタミン剤やワクチンを注射して、血液を検査する仕事です。まさに体を張って(笑)何とか、お金を稼ぎました。
「いいパフォーマンスをすれば、契約社員から正社員になれるのでは…」と、一縷の望みを抱いて入社したものの、同じ枠で雇われた先輩たちが例外なく3年で契約終了になるのを見て現実の厳しさを知り、26歳でIT企業に転職。出版業界に未練はありましたが、奨学金の返済を30代には持ち込みたくないという気持ちが強く、業種や職種よりも生活の安定を優先しました。私が利用したのが有利子の奨学金だったということもあります。返済が始まると利子がついてしまうので、なるべく早く完済したいと思いました。
暗黒の20代。29歳で辿り着いたあしなが育英会。
やっと正社員になったとはいえ、文系出身で20代、転職組の私が稼げるお金には限度があります。同級生が服やコスメや海外旅行にお金を使って青春を謳歌しているのを横目に、私は返済のことばかり考えて働いていました。
社会人になってから5年目の29歳の時、無事に奨学金を完済しました。でも、その時の気持ちを正直に言うと、達成感や解放感と同時に、「20代を借金に食いつぶされた…」という悲しい気持ちがありました。また、図らずも異業種で働いたことで、「やっぱり活字が好き。文章に関わる仕事がしたい」と本当にやりたいことに気づきました。そこで編集・ライター職に絞って転職先を探し、あしなが育英会に出会いました。
あしなが育英会では、機関紙編集担当として入局できたのが、本当に嬉しかったです。大好きな文章の仕事に、再び就くことができました。同時に、奨学金に関われるのも魅力でした。私には「奨学金によって得たものと失ったものは何だろう」というテーマがありました。
若くて体力があったから、多額の借金を5年間で返すことができた。借金といっても、奨学金を借りたのは自分の選択で、大学と大学院で学びたいことを学べた。でも、本当は、本心では、「もっと違う形で、花の20代を過ごしたかった」というのが偽らざる心境です。
返済の心配がなければ、低い給与でも出版社を探して勤め続けただろうし、友人と遊んだり、恋愛をしたりということも実現したかもしれない。それらを犠牲にして奨学金を返した…という、相反する感情がありました。自力で返せたことは誇らしいけれど、こういう負担は何とか軽減できないものだろうか。そんな情熱にも突き動かされて、あしなが育英会での仕事を始めました。2019年のことです。
今の仕事は、自分の20代の答え合わせ
機関紙編集者として、この5年間、奨学生、保護者、あしながさん、卒業生と、多くの方々のお話を聞かせていただきました。自分はそれなりに苦労してきたと思っていましたが、遺児家庭の皆さんのお話を伺うと、比べものにならないほどの困難や苦悩を背負っていると知りました。
中途半端な苦労人の私が、「共感できます」などとは、決して言えません。でも、どんな出自の人でも、瞬間的には重なり合う経験があったり、何時間話し合っても埋められない違いがあったりします。奨学生、保護者に対して、自分の人生と重なる部分と、全然違うなと思う部分があるわけで、それをその都度検討しながら、どう文章にまとめるか考える作業が、自分にもいい作用を及ぼしているように思います。20代の答え合わせをさせていただいている感じです。
今まで携わった仕事の中でも、1番やりがいを感じたのが、「遺児のお母さんの作文集」です。企画立案から、作文募集、保護者の方々とのやりとり、レイアウトまで一通りのことをやらせてもらえたので、ものすごく楽しかったです。まとまった長さの文章をたくさんの方々に寄せていただいて、それを編むというのは、まさに学生の頃からやりたかった仕事です。それを他者の人生に影響を与える強度をもった作品として世に送り出せたことに、大きな充実感を抱きました。
亡き夫に宛てた直筆の手紙や子どもが描いたイラストから、いっぱいの愛情が伝わってきます
作文集には、その人にしか書けなかった言葉がつまっています。個々の文章がキラキラ光っています。書いてくださった方の人生からしか出てこなかった、真心みたいなものが一斉に集まってきて、それを全国に配布できたのが、本当に嬉しかったです。文章を通じて人にいい影響を与えたい、これがあって良かったと思える本を作りたいという願いを、10年越しで実現できたのは、何ものにも代えがたい体験でした。
人間は生きていくうえで、物語がいる。あしながの活動は、それぞれの角度から、その物語を作る手伝いをしている。私はそう思います。
“あしなが育英会”という名前自体が、ジーン・ウェブスターの小説『あしながおじさん』にインスパイアされていることも、他のNPOと違うところです。『あしながおじさん』を知らない学生もいるかもしれませんが、それでもこの作品の神髄、「学業を支援する人と、支援される人の物語」の魂を自分の中に宿して、生きている自分自身の物語を進行させていると思います。
奨学生の皆様へ
今を、どんな形でもいいから、全力で楽しんでほしいです。学生時代以上に、時間と体力がある時期はこの先ありません。世間一般にとっての価値があることであっても、無いことであってもいいですから、自分が楽しめることをめいっぱいやってください。この時間に後悔はないな!という日々を過ごしてほしいです。長い人生の中で、「あの時間は本当に楽しかったな、充実していたな」と思えることが、後々、とても重要になると思います。
そして、気軽に文章を書いて、機関紙編集室あてにどんどん送ってほしいです。世間にこれを伝えたい、と思うことでも、個人的な興味に関することでも、立派なことや面白いことでなくても大丈夫、テーマは何でもいいので文章にしてみてください。「他の学生はどうなの?」という疑問や呼びかけでもOKです。pr★ashinaga.orgまでお送りください!(★を@に変えてご利用ください)
文章以外の応募も大歓迎です。写真やイラストを誰かに見せたい、部活動や自分のプロジェクトを取材してほしい、あしながの活動を逆に取材したいなど、何でも!声を上げて、伝えてください。
あしながさんの皆様へ
あしなが育英会に来て、人の優しさを信じられるようになりました。見ず知らずの子どもや若者のために、これだけ心をくだいて、ご寄付のみならず精神的に寄り添ったり、その人の人生を思いやったりしてくださる方々がたくさんいるんだと知って、性善説を信じたくなりました。「世界にはこんな優しい人がいる」…ということを、仕事を通じて感じられるのは、ものすごく幸せなこと。皆様からのご感想や学生に向けてのメッセージに、私自身も、たくさんの力をいただいています。ありがとうございます。
(インタビュー 田上菜奈)
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本記事でご紹介した遺児のお母さん作文集を無料進呈しています。
ご希望の方に、以下の2種類を冊子代・送料含め、無料でお送りしています。
■ 第1集 『星になったあなたへ』(23年9月発行)
■ 第2集 『いつか逢う日まで』(24年5月発行)
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