【報告】山形で街頭募金を実施~たすきは繋がり福島・茨城へ
5月から12月まで、全国47都道府県を繋いで寄付を募る「あしなが学生募金 全国募金リレー」。5月28日(土)には、山形県山形市の山形駅東西自由通路、S-PAL前、az七日町、ほっとなる広場で街頭募金を実施しました。山形駅での募金の様子を紹介いたします。
募金当日の天気は曇り。少し肌寒い朝9時の山形駅にあしなが学生募金事務局の面々が集合しました。募金箱などの募金資材の受け渡しを行った後、山形市内の各拠点に移動して活動を始めます。資材の受け渡しが終わると、だれからともなく円陣が組まれました。山形県の代表を務める粟野さんが「山形募金一日がんばりましょう!」と呼びかけると、「ウェイ!」いう掛け声と共に、円の中心へと差し出した複数の手が一斉に空を指しました。4年生にとっては学生生活最後の街頭募金活動が始まりました。
山形県で活動する事務局員10名のうち、7名が大学4年生です。大学一年生で街頭募金に参加し、それから2年間はクラウドファンディングや団体募金の活動を続けてきましたが、大学1年生以来の街頭募金になります。思うように活動ができない中でも続けてこられたのは、同期の存在が大きかったと4年生の工藤さんは言います。そして、「やっと2年ぶりに街頭で立つことで、なかなか届けられなかった遺児家庭・障がい者家庭の現状や想いを街頭に届けようと思います」と決意を示してくれました。
工藤さんの呼びかけ
私が3歳の時、私の父は難病を患い、障がい者になりました。常に病気と隣り合わせの生活で、父が入院するたびに家庭の経済状況は悪化しました。
先の見えない不安定な日々を送る中、高校3年生の進路選択の時期に、初めて家族と衝突しました。その頃、私の周りの子たちは皆大学へ進学することを決めており、当然のように私も大学へ進学するつもりでいました。しかし「受験料、入学金、授業料、アパート代…」調べれば調べるほど、現実の厳しさが家庭を襲いました。
そして、私の前ではマイナスなことを一切言わなかった父が、「もっと裕福な家庭に産んであげたかった」と言葉をこぼしました。そんな言葉を言わせてしまった自分が嫌になり、「わがままを言って家庭を困らせてはいけない」「卒業したら働く道も考えよう」と思うようになりました。
大学への進学を諦めようとしていたちょうどその時、この奨学金の存在を知り、私は進学という夢を叶えることができました。そんな私は、現在大学4年生です。生まれ育ったここ山形で、多くの友人に囲まれながら伸び伸びと勉学に励んでいます。
今の私が存在するのは、紛れもなく「あしながさん」のおかげです。遺児家庭、障害者家庭にとって「進学は当たり前ではないこと」、「今なお進学を諦める子どもたちがたくさんいること」そんな厳しい現状に少しでも耳を傾けて頂けたら嬉しいです。
自分が救われたように、今度は私たちが次の世代の子どもたちを救いたい、子どもたちに希望を持ってもらいたい、「あしなが」という存在をより多くの人に知ってもらいたい、そのような想いを込めて街頭に立っています。
今回初めて参加したあしなが大学奨学生の室田さんは一日の活動が終わった後に、「普段は直接奨学気を受け取って感謝を伝えることはないけれど、直接「ありがとう」を伝えられました。これからも自分の目標に向かって頑張ります。」と決意を述べてくれました。
この日の山形市内4か所の街頭募金では、454,091円のご寄付が寄せられました。
温かいご支援に、御礼申し上げます。今回の募金には、山形明正高校インターアクト部のみなさまにボランティアとして参加いただきました。ご協力に心より御礼申し上げます。
また山形での募金は、下記の報道機関に報じられました。リンク先でWeb記事をご覧いただけます。
・FM山形
・朝日新聞
・さくらんぼテレビジョン
・テレビユー山形
・山形新聞
山形での街頭募金は終了しましたが、ご寄付は引き続き募っています。クレジットカード、銀行振込、口座引落などでご寄付が可能です。現在山形県内では100人の遺児が奨学金を必要としています。ご寄付で遺児の進学を支えてください。よろしくお願いします。
また、山形の次は6月4日に福島県の福島駅(10-17時半)と郡山駅(10-18時)、茨城県の水戸駅(10-18時)で募金を実施します。応援をよろしくお願いします。
あなたの支援を必要としている子どもたちがいます。
あしなが育英会では、病気や災害、自死などで親を亡くした子どもや、障がいなどで親が働けない子どもを支えています。
これまであしながさんのご支援のお陰で11万人の遺児が進学の夢を実現しました。
遺児たちをそっと支援する「あしながさん」として、子どもたちを応援してくれませんか?