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あしなが学生募金誕生秘話|1970年秋田大学から

コラム 2022.05.21

本日2022年5月21日(土)、秋田県で2年半ぶりに「あしなが学生募金」が開催されています。実は秋田県は、あしなが学生募金が生まれた街。今から52年前の1970年に、秋田大学の6人の学生が学生募金の活動を始めたのです。そんな学生募金の誕生秘話を紹介します。

 

秋田県での募金を前に、発祥の地である秋田大学を本会スタッフが訪問した

 

現在は病気・災害・自死遺児と親に障がいがある子ども、そしてサブサハラ・アフリカの遺児を支援しているあしなが学生募金ですが、始まりは交通遺児への支援を目的とした活動でした。その第一声をあげたのが、秋田大学大学祭実行委員会の6人の学生でした。

当時は「交通戦争」と呼ばれるほど、交通事故死者が多かった時代でした。戦後の高度経済成長で自動車が急速に普及し、それとともに交通事故が急増。多くの子どもたちが交通事故に親を奪われていました。

この問題に危機意識を持った秋田大学の6人は、大学祭の企画の一つとして、交通遺児のための街頭募金を企画しました。6人は秋田大だけでなく、全国39の大学の自動車部にも協力を呼びかけ、1970年5月10日に全国各地で一斉に街頭募金を行いました。結果125万9548円が集まり、交通遺児の奨学金となったのです。これがあしなが学生募金の祖となった「秋田大学大学祭募金」です。

 

第1回学生募金で集まった2286万円を交通遺児の奨学金として贈呈する学生たち(1970年10月)

 

「この募金をこのままで終わらせたくない」。交通遺児を救いたいという6人の想いは並々ならないものでした。大学祭募金のあと6人は、より大規模で本格的な募金活動を展開しようと、「全国学生交通遺児育英募金事務局」を設立しました。これが現在のあしなが学生募金事務局(1990年に改称)です。6人は全国の大学自動車部を説得してまわり、結果全国475大学の学生の協力を得て、1970年10月6日から15日に「第1回全国学生交通遺児育英募金」を実施しました。

 

第2回学生募金(1971年4月)

 

このようにして全国学生交通遺児育英募金、現在のあしなが学生募金は産声をあげました。当初は遺児ではない一般の大学生が始めた活動でしたが、その後活動は奨学金を受ける学生たちに引き継がれ、今日に至ります。対象も交通遺児から災害遺児、病気遺児、自死遺児、アフリカの遺児へと時代とともに広がっていきました。

 

返還前の沖縄でも街頭募金を実施。琉球大自動車部からのドル送金通知書(1971年4月)

第7回学生募金(1973年4月)

 

1970年に秋田大学から始まった学生募金。毎年春と秋に欠かさず実施をしてきましたが、2020年4月、10月、2021年4月、10月の4回は、新型コロナウイルスの影響で街頭募金の中止を余儀なくされました。中止が続いていた街頭募金ですが、2022年は「全国募金リレー」という形で復活します。発祥の地である秋田県でも、5月21日(土)に2年半ぶりに学生たちが街頭に立ちます。10時から18時まで、秋田駅(東西連絡自由通路ぽぽろーど)とフォンテAKITA前で実施していますので、ぜひともご協力をお願いします。

 

全国募金リレー 秋田駅での街頭募金(2022年5月21日午前11時)

 

※本記事は、あしなが学生募金全国募金リレー特設サイトに掲載された記事を再構成しました。

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