これからも、保護者の「あのね」を受け止める
あしなが育英会では奨学金以外にも、レインボーハウスと呼ばれる「心のケアの拠点」で親をなくした子どもとその保護者を対象に、「グリーフサポート」のためのプログラムを開催している。「グリーフ」は喪失体験によって起こる心と身体の様々な反応を、「グリーフサポート」は自分の喪失体験と丁寧に触れ合えるようにすることをいう。グリーフサポートのプログラムでは、同じように死別体験をした人同士が交流し、自分のグリーフと触れる時間を持つ。
コラムシリーズ「あゆみ」では、本会の職員含めグリーフサポートに携わっている人たちに、このような活動をするようになったきっかけ、自身や人々のグリーフと触れ合うなかで感じることなどを紹介してもらう。
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2022年3月11日の陸前高田レインボーハウスは、暖かな春の陽気に包まれた。食堂のレースカーテンは窓から入り込む風を受けて、ふわりと揺れる。心地良い天候に助けられ、子どもたちと保護者を出迎えるまでに気持ちが柔らかくなる。
震災から11年目。今年4月で、私は本会職員になって丸10年を迎える。10年弱もの間、保護者のグリーフサポートプログラムを担当してきた。
「遺児ではないんですね」「どうして子どもじゃなく保護者なんですか?」こんな言葉を時々受けた。私は遺児でも、親でもない。大学を出たばかりの若い人がなぜ?という意味合いもあっただろう。
保護者の声に耳を傾ける理由は、私の育った環境にある。
中学3年生の頃だったと思う。母から「大学進学できるお金が家にない」と聞かされた。父は何度か職を変えてみたものの、家計は安定しない。
母は左耳の難聴や耳鳴りに悩まされ、度々寝込むようになった。母の体調が悪い日には、私の気持ちも沈んだ。
食卓に半額のお総菜が並ぶ日が増えた。私のささやかな楽しみは、兄がアルバイト先のオーナーからもらって来る、廃棄のおにぎりや中華まんだった。
高校2年生の初夏、母の体調が少し良くなってきた頃に、私自身が左耳の不調を抱えた。
学校の先生やスクールカウンセラーに体調やつらい気持ちを話したが、分かってもらえた実感がない。気遣ってくれる友だちの「この音もつらいの?」「大丈夫?」に、私は普通じゃないんだと痛感する。親には心配をかけられず、深くは話さなかった。
分かってもらいたい、なんて思うから傷つくんだ。つらい。普通に戻りたい。なんでこんな思いしなくちゃいけないの。放たなくなった言葉や気持ちは、自分の内側に溜まっていった。
高校3年生の5月。「こんなところで人生終わってたまるか、この経験を自分の力に変えてやる」そう腹をくくった。つらい思いをする子どもに寄り添う人になるために、精神保健福祉や心理学を学べる大学への進学を目指した。
2011年4月、大学4年生になった私は「被災地の子どもの心のケア」について考えていた。
被災地では生活する場所、親の仕事や収入、様々なことが不安定だ。大人も途方に暮れているに違いない。そうした大人の姿を見て、子どもたちは本当に癒えるのだろうか。
子どもの心に本気で寄り添うなら、保護者や家族へのサポートも必要なのではないか、と考えが浮かぶ。被災地で保護者の心を支えていきたい。その一心で私は本会の職員になった。
大人も仲間が必要
あるお父さんは、妻をなくしたことを次のように表現する。
「子どもが部活動で良い成績を収めたことを一緒に喜んだり、子どもの進路で一緒に悩んだりするはずだった妻だけが、この家にいないんです」
残された保護者にとって、なくなった人は「最愛の人、人生の伴走者」であり「子どもの成長を共に、また一番に見守るはずだった人」でもある。
そうした人を失った悲しみや痛みは、代わってあげることは出来ない。私たちにできることは「話したい、聞いてほしい」と思ったときに、その気持ちを受け止めることだ。
2021年7月。1人のお母さんとレインボーハウスでのこれまでを振り返る機会があった。子ども2人と初参加した2011年12月以降、数えきれないほどプログラムに参加した。この方が自ら、震災当時の体験をお話したのは、2015年秋のことだった。
私は、長年疑問に思っていたことを聞いてみることにした。
「震災やなくなった人のことを話すと、自分が自分じゃなくなってしまうから話さない。そうおっしゃっていた時期があったんですよ。覚えていますか?」
「私、そんなこと言っていたの?震災の後、周りに話しても受け止めてもらえなかったから、レインボーハウスでも話しちゃ駄目だって警戒していたんだと思う。頼ってしまったら甘えて、そこから崩れていってしまいそうで。でもここで出会った人たちは、みんな受け止めてくれた。それで私は癒されたの」
自分の気持ちに丁寧に触れるとき「こんな気持ちがあってもいいんだ」と認め、自己理解につながる。それには気持ちを受け止めてくれる仲間が必要で、仲間とのやり取りの中で、少しずつ気持ちが解きほぐされていく。
保護者がこうして自身のグリーフに触れる積み重ねは、時に子どものグリーフを受け止める力になる。
ある年の3月12日のことだった。
「今朝、孫が震災の時のことを話し始めたんです。ちょうど家を出ようとしていた時でしたが、まぁいいかって話を聞くことにしたんです」震災時、保育園にいた孫の震災体験をおばあちゃんは聞く。
「僕は逃げたのに、どうしてママは逃げなかったんだろうね?」孫の問いに、ボールを返す。
「ママも本当は逃げたかったんだけど、逃げられなかったんだよ」
保護者の心とからだのコンディションや、仕事などの生活基盤は、子どもの育つ環境となって子どもに影響する。保護者のグリーフを含め、保護者をまるごと理解しようとすることは、子どもの育つ環境を理解しようとすることだ。
保護者との対話の積み重ねが子どもの支えにつながると信じて、これからも保護者たちの「あのね」を聴いていく。
「話したいことがたくさんあるの!聞いてくれる?」
「ご報告したいことがあって。おかげさまで娘の内定が決まりました」
おわりに 自分も大事、相手も大事
3月16日深夜に宮城県、福島県で震度6強を観測する地震が発生しました。
東日本大震災を思い出した方もいれば、人生最大級を体験された方もいらっしゃるでしょう。
この地震でなくなられた方は幸いにも少ないとはいえ0ではありません。
余震、断水、停電、公共交通機関など、さまざまな影響が今も続いています。
なくなられた方のご冥福をお祈りするとともに、被害に遭われた皆さまへ心からお見舞いを申し上げます。
気持ちの休まらない日々をお過ごしと思います。
私自身、余震が起こるたびに、体や心がぎゅうっと固くなるのを感じます。
まずは自分も大事、相手も大事。
心やからだのコンディションはどうでしょう?今の気持ちや生活の落ち着き具合は?
無理しているな、無理しないとやっていられないんだよな、という時にも、好きなお菓子や飲み物で一息ついたり、深呼吸をしたり、ご自身の心やからだに優しくしてくださいね。
そのうえで、もしもあなたの身近にいる子どもや、大切な誰かが「あのね」と声をかけているときには、無理がなければ「なあに」と話に耳を傾けていただけたらと思います。
2022年3月19日記
小川 里奈(おがわ・りな)
1989年12月7日生。福井県福井市で生まれ、幼少期から大学時代を岩手県盛岡市で過ごす。大学で心理学を専攻するとともに福祉も学ぶ。社会福祉士、精神保健福祉士。
2012年4月にあしなが育英会へ入局。子ども担当、運営担当を経て、2013年より陸前高田レインボーハウスを中心とする岩手県内のプログラムや、全国の東日本大震災遺児家庭を対象とするプログラムで、保護者のグリーフサポートプログラムを担当する。
好きな食べ物は、ほうれん草、刺身、麻婆豆腐。